新潟市中央区にあるパン屋さん「La Boulangerie Richer(ラ・ブランジェ・リシェ)」。週末は土日限定のクロワッサンを求めて行列ができるほどの人気店です。取材にうかがったのは平日でしたが、次から次へとお客さんが来店し、この日もとても賑わっていました。ちなみにこのお店は、西区の「Bread Cafe HUCKLE BERRY」と東区の「BOULANGERIE ANCIENNE」の系列店。母体は新潟のガソリンスタンドを支える「株式会社にいがたエネルギー」なんだそうです。今回は「La Boulangerie Richer」のオーナー遠藤さんに、パン屋さんになってからのことやお店のこだわりなど、いろいろとお話を聞いてきました。
La Boulangerie Richer
遠藤 信行 Nobuyuki Endo
1966年新潟市生まれ。「La Boulangerie Richer」マネージャー。「株式会社虹橋」常務取締役。高校卒業後、「株式会社にいがたエネルギー」へ入社し、4年間ほどガソリンスタンドで働く。その後、同社の新規事業であるパン屋運営に従事。以後、30年以上パンを作り続ける。現在は、「La Boulangerie Richer」のほか、西区の「Bread Cafe HUCKLE BERRY」と東区の「BOULANGERIE ANCIENNE」を展開。モットーは「素直に生きること」。
——今日はよろしくお願いします。まずは、遠藤さんがパン職人になるまでのことを教えてください。
遠藤さん:たしか、平成元年だったと思いますが、西区の「パックス青山」という建物で、パン屋とビデオレンタル、本屋、レストランが一緒になった商売をはじめたんですよ。「にいがたエネルギー」の社長が、若い頃に立ち上げた新規事業としてね。
——「にいがたエネルギー」って、ガソリンスタンドを展開している会社ですよね。
遠藤さん:そう。僕は、高校を卒業してからガソリンスタンドで働いていたんだけど、なぜか「君、パン屋をやらない?」と声がかかって。会社の先輩と一緒に、埼玉のパン屋に研修に行ったのが、この仕事のはじまりですね。広島の、とある会社がパンの冷凍生地の卸をしていて、その冷凍生地を使って、簡単にパンを作る仕組みがあったんですよ。その仕組みを導入していたのが、研修に行った埼玉のパン屋でした。で、半年の研修が終わって新潟に帰ってきたら「パックス青山」がもう完成していて、すぐにパン屋を始めたというわけなんです。
——ガソリンスタンドとは全然違うお仕事ですね(笑)。それで、遠藤さんたちがはじめたお店の売れ行きは?
遠藤さん:1日数万円の売り上げだったし、原価も高くて、まぁ儲かりませんでしたね。ただ、それで終わらず、冷凍生地を使ってもうひとつパン屋を始めることになったんですよ。西区に「プエンテ」というお店を。店づくりのことなんてまったくわからないのに、店長を命じられて、店舗のデザイン、ロゴマーク作り、建築工事の仕切りなど、ゼロから自分でやりました。業者さんに怒られながら、もう必死でしたよ。やっとの思いで「プエンテ」をオープンさせたのに、このお店も思うようにいかなかったんです。それで、冷凍生地を使うんじゃなくて、自分でパンの仕込みをすることを考えました。社長に「そんなこと、できるのか」と聞かれて、「今はできませんが、やります」と言ってね。
——ということは、遠藤さん、どこかで修行されたんですね。
遠藤さん:いや、修行には行っていないです。その代わり、生まれて初めて勉強しましたよ(笑)。独学でパン作りを学びました。
——ど、独学だったんですか……。いったい、どんなふうに勉強したんですか?
遠藤さん:専門書を読むだけ(笑)。それで、レシピ通りにパンを作ってみるんだけど、なにが正解で、なにがいいパンなのか、最初はまったく分かりませんでした。ただ、売れていない商品には、なにかが足りないはずだと思って、その原因を徹底的に追求しました。配合をどんどん変えてみたし、新しい商品も次々に作りましたね。
——独学でパン作りを学んできた遠藤さんにとって、得意なパンって何ですか?
遠藤さん:冷凍生地を扱っているときから、デニッシュが得意でしたね。できあがるまでの様子を見るのがすごく好きですし。こだわり抜いて作っていて、何十年もかけて確立したのが、今のデニッシュだと思っています。
——「Richer」はクロワッサンも人気だとか?
遠藤さん:発酵のさせ方や小麦粉にこだわっているパン屋さんがいますよね。どれも大切だと思いますが、「Richer」では、それよりもバターをはじめとした材料にこだわっています。フランスが国として認証している「AOPバター」も使っているんですよ。このバターは関税が高いから、日本のお菓子屋さんで使っているところは少ないと思います。週末は、「AOPバター」を使ったクロワッサンが店頭に並ぶんです。なので、平日と土日でクロワッサンの価格がちょっと変わる。素材を変えているんですね。
——あ、そういうことだったんですね。じゃあ土日のクロワッサンはとっても贅沢なパンですね。
遠藤さん:このお店の武器は、「Viennoiseriea(ヴィエノワズリー)」であることなんです。「ヴィエノワズリー」とは、「ウィーン風のパン」という意味で、要するにヨーロッパのパティシエが作るようなパンと言えばいいでしょうかね。だから、日本に昔からあるようなパンとは違うし、ヨーロッパのパン屋が作るものとも違います。「Richer」のコンセプトは、ヨーロッパのパティシエが作るような、美味しくて、美しいパンをお客さんに楽しんでいただくことです。
——ヨーロッパの技術はどうやって?
遠藤さん:情報のほとんどはInstagramから仕入れているの。同業の知り合いはあまりいないけど、ヨーロッパの有名シェフたちとInstagramで交流していますよ。一番多いフォロワーは、フランスの方々。僕はね、55歳だけど毎日進化しているんです。
——すごい! ほかにも「Richer」ならではの工夫ってありますか?
遠藤さん:「売り切りパン屋」であることですかね。焼きたてにこだわって、閉店時間のギリギリまでパンを焼いていたら、パンが余ってしまうでしょう。なので、「Richer」は「パンが売り切れたら、店を閉める」方針なんです。その代わり、作る量を増やしても、同じ時間にパンを出すことがルールです。お客さまに「あそこのパン屋は、いつも商品が少ないよね」と思われてしまうかもしれませんが、僕たちは「美味しいパンがあるから、売り切れる前に早くお店に行こう」と思ってもらえるように頑張っています。
遠藤さん:それに、世界には水すら飲めないでいる子どもたちがいるんだから、僕らこそ食べものを大切にする気持ちを持たないといけませんよね。
——ちなみに、新しく店舗を出す予定などは?
遠藤さん:可能性はあるでしょうけど、もっとしっかりと地域に根ざしたお店になってからでしょうね。「Richer」がオープンしたときに、社長から「上質なものの価値がわかるお客さまが来る店にしなさい」と言われました。「そんな人が中央区に10人中2人いるとして、2人が確実に来てくれるようになったら勝ちだ」と。店舗を増やすよりも、社長のその言葉を突き詰めたお店にすることが先ですね。
——長いキャリアの中では、きっと挫折もあったのかなと思うんですが。
遠藤さん:挫折なんて数え切れないほどありますね。店長になったばかりの頃は、誰も自分の言うことを聞いてくれなかったですし。売り上げが立てられなくて、グループ会社の皆さんに生かしてもらっていた時期だって実際あります。それでも、社長から「やめないで続けなさい。必ず芽がでるから」と声をかけてもらっていましたね。それに、僕は、生きるってことは苦労することだと思っているんです。苦労することを一生続けることが生きることなんだ、って。
——社長と遠藤さんの信頼関係の強さを感じます。
遠藤さん:社長が起こした会社ですし、最初からいるのは僕だけですから、そうだと思いますよ。社長からは「人生で忘れられない人間だな、お前は」と言われたことがあるんです。もちろん、僕にとっても社長の存在は特別だから、社長が僕の人生を変えたし、僕も社長の人生を変えられたんじゃないかな。
——最後に、これから考えていることについて教えてください。
遠藤さん:店舗運営をする上で、改善できることって山ほどあるんですよね。なので、安易に店舗を増やすんじゃなくて、どれだけひとつの店舗に集客できるかを考えることが大切だと思うんです。その上で、今考えていることは、食パン工場を作って店舗に運ぶことです。お店で食パンを作らなくてよくなれば、他のパンをもっとたくさん作れるようになります。食パンは手間がかかるし、量もたくさん作らなくてはいけませんからね。それに釜に入っている時間も長い。手間を惜しむわけじゃなくて、時間とスペースを有効活用するための方法として、店舗とは別の場所で食パンを作ろうかな、と。食パン工場でも雇用を生むことができるしね。
——なるほど。
遠藤さん:それも、毎日食べたくなるような食パンを、手頃な値段で。あくまで、「La Boulangerie Richer」と「Bread Cafe HUCKLE BERRY」と「BOULANGERIE ANCIENNE」の3店舗で売る分だけ作るんです。食パンだけいろんなお店に卸すことはしませんよ。軽い気持ちでいろいろなことに手を出すんじゃなくて、しっかりと足元を固めて商売をすることが肝心ですから。
La Boulangerie Richer
新潟市中央区鐙2-14-20
TEL:025-278-3676