放射線治療医であり、自転車競技選手であり。本田母映先生の原動力。
その他
2025.09.19
放射線治療医として患者さんに向き合いながら、自転車競技でも数々の実績を残してきた「長岡中央綜合病院」の本田母映先生。ふたつの世界で活躍されている本田先生に、医師と自転車競技の両立について、日頃どんな思いで仕事に向き合っているのかなど、いろいろとお話を聞いてきました。今は、院内保育園に4ヶ月のお子さんを預けているのだそう。お迎えまでの貴重な時間、とてもにこやかに対応していただきました。

本田 母映 Moe Honda
1989年京都府生まれ。新潟大学医学部卒業。下越病院での初期研修を終え、新潟大学放射線科に入局。2024年、「長岡中央綜合病院」放射線治療科医長に就く。2015年より自転車競技をはじめ、自転車チーム「F(t)麒麟山Racing」に所属。2018年の福井国体で10位、新潟県選手権では4度優勝。2児のお母さん。

ふとしたきっかけで、自転車に夢中。
――本田先生は、京都ご出身なんですね。ようこそ、新潟へ。
本田さん:新潟大学医学部へ進学して、卒業後は新潟に残るか京都へ戻るかと考えました。でも、新潟が大好きになっちゃって。
――どんなところに魅力がありましたか?
本田さん:人は優しく、ご飯は美味しい。豊かな自然に囲まれていて、いいところばかりです。新潟に来てから、スノーボードに夢中になりました。でも自転車競技をはじめてからは、めっきり雪山に行かなくなりましたけど。自転車に熱中してしまって。
――本田先生はお医者さんでありながら、自転車競技の選手としても活躍されています。まずは、自転車競技のことをお聞きしたいと思います。
本田さん:大学生のときに、自転車競技を題材にしたスポーツ漫画「弱虫ペダル」を見て、ロードバイクの魅力を知りました。その頃、スノーボードのオフトレーニングにスケートボードを練習していたんですけど、伸び悩んでいて。別のスポーツをやってみようと、最寄りの自転車店で勢いでロードバイクを購入したのがはじまりです。

――競技では、素晴らしい成績を残されています。
本田さん:ロードバイクを手に入れたばかりの頃は、新潟市中心部から角田や寺泊までの長い距離を「自転車を漕いでいけるなんて」と感動を味わいながら、ひとりで黙々と走っていました。ただ、それも楽しいんですが、次第に「誰かと走りたいな」と思うようになって。自転車競技部所属のクラスメイトに「部活に入れてもらえないかな」と相談したら、「かなりレベルが高いから、難しいかも」と言われてしまいました。
――大学の競技部は、かなり本気なんですね。
本田さん:それでインターネットで新潟市内に自転車のチームがないものかと調べてみたんです。ヒットしたのが、現在所属している「F(t)麒麟山Racing」のホームページでした。監督にメールをして、チームに入れてもらったんですが、そこはまさかの日本チャンピオンも所属しているガチンコの実業団レースチームだったんです。
――さらに高いレベルのチームに所属されたと。
本田さん:メンバーには小学生やご年配の方もいらして、おのおの好きなように楽しんでいるんですけど、強者たちもたくさんいるんですよね。「レースへの出場は当たり前」という感覚に変わっていって、所属して4ヶ月後には地元のアマチュア大会に出場していました(笑)
――やっぱりレースに出るとやる気に拍車がかかるものですか?
本田さん:レースに出場する度に「もっと速く走りたい」って気持ちになるんですよね。もう、狂ったように自転車に乗るようになりました(笑)。自転車以外の競技もそうでしょうけれど、走る習慣をつけて、できるだけ長い距離のトレーニングをすると力がつくんです。乗れば乗るだけ、強くなって。しばらくすると、大会で入賞できるようになりました。もっと楽しくなって、どんどんハマっていきました。

知床から種子島の距離。国家試験前に、2,000キロ走破。
――私はもちろん、きっと読者の方も気になっていると思うんですが、医師としての毎日のお仕事と自転車競技をどうやって両立されていたんでしょう?
本田さん:自転車をはじめたのは、大学6年生のときです。新潟大学医学部の場合、6年時は病院実習があって、それが終わると20〜30科目の卒業試験があります。秋からは、おのおので国家試験に向けて勉強する期間となります。実習の合間、勉強の合間にもひたすら自転車に乗るようにしていました。1ヶ月で2,000キロ走ったこともあります。2,000キロは、知床半島から種子島の距離です。
――プレッシャーがかかる一年でもあり、その反面、ある程度時間の使い方をコントロールできる一年でもあったわけですね。
本田さん:息抜きにピッタリだったんですね。でも国家試験の2週間前からは、ものすごく焦って勉強した記憶があります(笑)。そうだ、国家試験当日も夜間に自転車で走りました。

――自転車競技のときは、どんなモチベーションでいるんでしょう?
本田さん:中高と部活動をしていなかったので、誰かと競って切磋琢磨したり、ひとつのことに熱中したりする経験がなかったんです。きっと、大人になって青春しているんですね(笑)。ライバルと友達になれるとか全国の人と交流できるとか、とにかく楽しんでいます。
――お母さんになってからも走っていらっしゃる?
本田さん:ふたり目を出産したばかりなので、今はリハビリ中です。でも筋トレはほぼ毎日、欠かしません。隙間時間に自重のスクワット、手っ取り早くてちょうどいいです。
――そもそも、本田さんがお医者さんを目指されたきっかけは?
本田さん:高校生のときに、祖父が白血病を患いました。祖父は京都の田舎で暮らしていて、心臓も悪く、あるとき大きな病院で精密検査を受けるために片道4時間もかけて行ったことがあったんです。ところが紹介状を持参していたというのに受け入れてもらえませんでした。そのことを聞いて、私、びっくりしてしまって。現代でもそんなことがあるなんて信じられなくて。それで、「家族が病気になったとき、人任せにはしていられない」と医師を目指したんです。
――それはショックな出来事です。
本田さん:実はですね、浪人生の頃、小学校4年生のときに埋めたタイムカプセルを見つけたんです。そこには「10年後、お医者さんになりたい」と書いてありました。きっと、潜在的にそういう気持ちがあったんですね。

医師と自転車競技。ふたつの顔があるから巡ってきた、特別な役割。
――放射線治療医としての仕事についても教えてください。
本田さん:現在の勤務先は長岡中央綜合病院ですが、所属は新潟大学放射線科の医局です。新潟大学には、放射線診断科と放射線治療科の2つの部門があります。私の専門は、放射線治療。頭の先から足の先まで、全身の癌を診ます。稀にバセドウ病なども。
――いろいろな局面に遭遇されると思いますが、どう気持ちを切り替えるんでしょう。
本田さん:気持ちの切り替えは、得意ではありません。ショックなことがあった日は、個人情報がわからない範囲で夫に話を聞いてもらうこともあります。私が診ている患者さんの中には、1年以内にお亡くなりになる方もいます。当たり前ではありますが、人の命は有限です。それを常に意識して生活しています。明日自分は死ぬかも知れないし、大切な人も同じ。後悔しない生き方をしたいと思う気持ちは、強いです。その思いが、何事にも一生懸命に取り組むモチベーションになっているかもしれません。

――心に響く言葉です。
本田さん:医師の仕事とは別に、私はいろいろな依頼をいただけています。自転車競技で転倒した場合などの初期対応セミナーの講師や、東京オリンピックの実況解説もさせていただきました。ほんとうにありがたいことです。私は、自分自身が医師として名が知れているとも思っていませんし、自転車競技で国体に出場させていただきましたが「日本一」というレベルでもありません。医者であり、自転車競技者でもあり。そのふたつが掛け合わさったからできることがあったのだと思っています。
――謙虚な姿勢に、頭が下がるばかりです。
本田さん:社会に出たとき、父から「仕事はできる人のところに来るんだから、断らずに受けなさい」と言われたことが心に残っています。それと「情けは人の為ならず」という言葉がありますよね。人への親切は、巡り巡って自分のためになる。ある本に「情けは人の為ならず。それは自分を高める行為」と書いてありました。どちらも自分を高めてくれる大切なメッセージだと思いながら、日々過ごしています。それが、医師以外の仕事にもつながって、自分を何倍にも成長させてくれているんだと思います。

本田 母映
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