食材を育んだ背景や物語まで調理する
薪火料理のレストラン「字呀」
食べる
2026.04.30
新潟市の下古町に残る古民家が、「字呀(うが)」というレストランとして生まれ変わりました。町家の風情が残るお店にお邪魔して、店主の諏佐さんからお話を聞いてきたのですが、そこで飛び出したのは新潟の食材と食文化への徹底したこだわりだったのです。
諏佐 尚紀
Naoki Susa(字呀)
1987年長岡市生まれ。専門学校卒業後、新潟市内の居酒屋をはじめ、滋賀県や長野県、タイに至るまで様々な飲食店で経験を積み、2025年に新潟市の下古町で「字呀」を開業する。趣味は陶芸で、店では自作の器を使って料理を提供している。
生産者の元を訪れて学んだ
食材を生かすための自由な料理。
――諏佐さんは、専門学校で調理を学ばれたんですか?
諏佐さん:調理師じゃなくてスポーツの専門学校に通っていました。中学生の頃から陸上をやっていたので推薦入学したんですけど、当時はまだ自分のやりたいことが見つけられなかったんですよね。卒業後は鍛えた身体を生かそうと自衛隊に入りましたが、やっぱりやりたいこととは違うと感じました。
――その後はどうされたのでしょう?
諏佐さん:サービス業をやってみたかったのでバーテンダーをやってみたら、目の前のお客様を喜ばせるのが楽しくなって、それで「いつか自分で飲食店をやってみたい」と思うようになったんです。
――調理ではなく接客から飲食業に入られたんですね。料理人になったのは?
諏佐さん:自分で飲食店をはじめるんだったら料理もつくれなきゃダメだろうと思って、勉強するために居酒屋で働きはじめたんです。そのお店の仕事で酒蔵へ足を運ぶ機会があって、お話を聞いているうちに日本酒に興味を持つようになって、お酒を生かすためにも料理が必要だと考えるようになりました。
――まずは日本酒に興味を持ったんですね。
諏佐さん:酒蔵に続いて生産者の元を回って、料理の面白さに気づくことができました。それまで料理には決まったレシピがあって、セオリーを守らなければならないと思っていたんですよ。
――そうじゃなかったんですか?
諏佐さん:生産者から「うちの人参は皮が美味いのになんで剥いちゃうの?」とか「うちの野菜は茹でると香りが飛んじゃうんだよ」とか教わるうちに、食材を生かすためならレシピやセオリーに囚われず自由につくっていいんだと気づけたんです。

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自分に足りないものを学ぶため、
国内はもちろんタイまで行って研修。
――居酒屋で料理を学んだ後は、すぐに独立しなかったんでしょうか?
諏佐さん:その予定だったんですけど、新型コロナウイルスで、独立が難しい状況になってしまったんです。そこで自分に足りない部分を補うために、滋賀をはじめ、長野、和歌山、京都、大阪などの名店を巡りながら勉強させていただきました。特に滋賀のホテルレストランはコンセプトに共感できて、僕のやりたいと思っていることをたくさん学ぶことができたんです。
――県外でもたくさん経験を積まれたんですね。
諏佐さん:どんなに新潟の食材にだけ詳しくても、他の地域の食材を知らなければ、その魅力を語ることはできないと思ったんです。県外はもちろん、海外まで行って研修を重ねてきました。
――海外まで行っちゃったんですか。
諏佐さん:いざ開業しようと思ったら、やりたいことが多過ぎたんですよ(笑)。そこで店の軸をつくろうして浮かんだのが「米」だったんです。考えてみたら米の知識が浅かったので、日本よりも米の歴史が古いタイへ学びに行きました。市場でご飯を食べてまわって、翻訳アプリを駆使しながら質問を重ねましたね。美味しいレストランを見つけたら「明日から働かせてほしい」とお願いして、2軒のお店で2週間ずつ研修してきたんです(笑)
――アグレッシブですね(笑)。収穫はありました?
諏佐さん:タイの料理人はタイ米やタイ料理に誇りを持っていて、その魅力を全世界に伝えるのが自分たちの使命だと語っていました。それを聞いて日本人もタイ人に負けていられないと感じましたね。タイの店でやっていたことをリスペクトして、4種類のお米を順番に提供しているんですが、古米をはじめとして、県内では1〜2軒しかつくっていないようなレアな米を使っているんです。

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食材の生まれ育った背景を
料理やタイトルに生かすこだわり。
――いい感じの路地にある古民家ですよね。
諏佐さん:「ふるまちさ、いこうプロジェクト」の一環で、古町に残る古民家を改修しているので、できるだけ古民家の面影を残しました。こだわりは「新潟漆器」さんにつくってもらったカウンターと、愛知の窯職人がわざわざ来て組み上げてくれた薪窯なんです。
――ずいぶん立派な薪窯ですね。薪火料理をやろうと思ったのは、どうしてなんですか?
諏佐さん:山菜を採りに山へ入ると、荒れ果てた様子を見ることが多くて、林業の問題を考えるようになったんです。少しでも山に還元することができればと思って、調理に薪を使うことにしました。それと、薪火料理って料理の原点だと思っているんです。
――薪を購入することで、植栽資金に協力をしているわけですね。薪火料理の他に、こだわっていることがあったら教えてください。
諏佐さん:「99パーセント新潟食材にこだわった店」をコンセプトに掲げています。ただ新潟で採れた食材を使うというのではなく、生産者のお話を聞くことはもちろん、食材が育まれた土地のことを知って料理に生かすよう心掛けています。
――どのように生かしているのか教えてください。
諏佐さん:調理する魚の獲れた海が山と近かったら、その山で採れる食材を組み合わせた料理をつくります。メニューの裏面には生産者の名前を記していますし、料理名にも食材の物語を込めるようにして、お客様に料理や食材への関心を持っていただけるよう工夫しているんです。
――「99パーセント新潟食材」と言っていましたけど、あとの1パーセントは?
諏佐さん:湊町新潟の文化を考えると、北前船による輸入の影響も大きいんですよ。ですから、地元の食材だけを使うことが新潟の食文化を表現することではないと考えています。

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新潟のゲートウエイになる、
美味しいだけではない店を目指す。
――それにしても、徹底した新潟の食文化や食材へのこだわりですね。
諏佐さん:飲食店として美味しい料理を提供することは当たり前で、お客様はもう一歩先のものを求めていると思うんです。居酒屋で働いていた頃に、社長から「今からナンバーワンを目指すのは難しいけど、オンリーワンにだったらなれる」と言われたことがあるんです。それだったら誰よりも新潟の食文化と食材に詳しくなってやろうと思いました。
――料理を味わうだけではなく、古民家の雰囲気や食文化についても楽しむことができるんですね。
諏佐さん:そうですね。だから箸やナイフ、フォークといったカトラリーも新潟県産の製品を使っていて、料理を味わいながら製品の体験もしていただけるんです。
――この器も新潟でつくられている製品なんでしょうか?
諏佐さん:これは私の作品なんです(笑)
――へぇ〜、市販されている製品だと思いました!
諏佐さん:ありがとうございます(笑)
――これから、目指していることがあったら教えてください。
諏佐さん:この店を目的に新潟を訪れたり、この店をきっかけに毎年新潟を訪れたり、この店で知った生産地や酒蔵に足を運んだりしてくれる人が増えて、いずれは新潟のゲートウエイポジションになれたらいいなと思っています。新潟に貢献できるような、価値のあるお店にしていきたいですね。

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