新潟五大ラーメンのひとつ
濃厚味噌ラーメンの元祖「こまどり」
食べる
2026.04.21
新潟五大ラーメンのなかでも強いインパクトがある「濃厚味噌ラーメン」。ニンニクを効かせた、しょっぺ(しょっぱい)味噌ラーメンを、割りスープで好みの濃さに調節しながら味わいます。もちろん割らずに濃厚な味をそのまま楽しんでもOK。そんな「濃厚味噌ラーメン」の元祖が、新潟市西蒲区にある「こまどり」です。営業終わりにお邪魔して、初代店主の渡辺さんからお話を聞いてきました。
渡辺 利明
Toshiaki Watanabe(こまどり)
1944年生まれ。中学卒業と同時に新潟市の割烹で6年間修業し、1965年より母親の営む焼鳥店「こまどり」で働きはじめる。1972年に新潟県立巻高等学校の食堂を任されたことがきっかけで濃厚味噌ラーメンを生み出し、新潟五大ラーメンのひとつとして人気を博し続けてきた。
濃厚味噌ラーメンの店らしからぬ
「こまどり」という店名の謎。
――ずっと不思議に思っていたんですけど、濃厚味噌ラーメンの店なのに「こまどり」っていう落ち着いた店名なのはどうしてなんでしょうか?
渡辺さん:「こまどり」というのは、私が中学2年生のとき、母親がはじめた焼鳥屋の店名なんですよ。母親がひとりで苦労している様子を見ていたので、手伝おうと思って中学校を卒業してすぐに古町の割烹で修業をはじめたんです。同級生たちが高校に進学するなか、学生服を着て古町の割烹の門を叩きました。
――日本料理が原点だったとは……。ますます濃厚味噌ラーメンのイメージから遠ざかりました(笑)。そのお店では何年くらい修業されたたんですか?
渡辺さん:6年間です。親方はとても厳しかったけど、曲がったことがない真っ直ぐな人だったから、私も素直に受け止めることができました。そこでの修業経験が、味噌ラーメンをはじめとしたメニューに今も生かされていると思いますね。
――修業を終えてから「こまどり」で働きはじめたんですね。人気メニューの濃厚味噌ラーメンは、どういったいきさつで誕生したんでしょう?
渡辺さん:昭和47年から県立巻高等学校の食堂を任されることになったんですよ。食べ盛りの高校生が満足してくれるような料理を考えているうちに、ニンニクを効かせた濃厚な太麺の味噌ラーメンが生まれました。当時はそれまで主流だった醤油ラーメンのなかに、味噌ラーメンが登場しはじめた頃だったんですよ。
――山盛りキャベツともやしが濃厚な味噌スープとよく合いますが、そうした野菜も高校生の健康を考えてのことだったんでしょうか。
渡辺さん:そうです。地元の農家で市場に出せないハネもの野菜がいっぱい余っていたので、それを集めて使っていました。おかげで当時の学生たちから喜んでもらえて、今でも付き合いのある学生もいるほどなんですよ。
――濃厚味噌ラーメンの特徴に「割りスープ」がありますよね。つけめんが一般的になった今でこそ割りスープは珍しくありませんが、当時はかなり珍しかったんじゃないでしょうか。
渡辺さん:そうですね。濃厚味噌ラーメンの人気が出てきたので、焼鳥屋からラーメン屋に変えて岩室温泉街でお店をはじめることにしたんです。温泉街なのでお酒を飲んでいるお客様も多かったし、宿への出前も多かったので味を調整できるように割りスープをつけはじめました。

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味噌ラーメンのお供にお勧めしたい、
大きくて素材にこだわった餃子。
――濃厚味噌ラーメンが看板メニューですけど、他にもオススメがあったら教えてください。
渡辺さん:大きな餃子がオススメですね。粉を変えてからはさらに美味しくなって、週末は混んで大変だったんですよ。
――餃子はいつからやっているんでしょう?
渡辺さん:ラーメン屋になった当初から出していました。当時はスーパーでも餃子を売っていない時代だったし、飲食店でもひとくち餃子が主流だったので人気が出たんだと思います。
――確かに大きくて食べごたえがありますよね。
渡辺さん:大きさだけじゃなくて、南蛮味噌をつけて食べるところも売りなんです。材料に使っている唐辛子も、韓国まで行って探してくるんですよ。電話で注文して取り寄せることもできるんだけど、直接現地に行って生産者と顔を合わせて仕入れるようにしています。やっぱりお互いに信用が大事だからね。
――そこまで材料にこだわっているんですね。
渡辺さん:もちろんです。餃子の皮をつくる粉にもこだわっていて、暖かい季節と寒い季節では使い分けています。本当にいい粉っていうのは化けるんですよ。ひと口めではわからないけど、噛んでいるうちにうま味がどんどん出てくるんです。
――そういうものなんですね。他にもこだわっていることがあったら教えてください。
渡辺さん:野菜が柔らかいとハンバーグになっちゃうし、大きいとメンチカツになっちゃうでしょ。野菜の歯ごたえは生かしつつも、肉の邪魔にならないように気をつけています。そこの加減が難しいので、餃子は最初から最後まで私がつくるようにしているんです。
――餃子は人に任せないんですね。
渡辺さん:ピーク時には1日に1,000食焼いたこともありますが、さすがに手が上がらなくなってきたので1日200食に制限させてもらいました。それでも大変なんですが、お客様に満足してもらいたいから頑張って焼いています(笑)

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喜んでもらうために、
常に新しい挑戦を続ける。
――以前、お店の横で居酒屋を営業されていましたよね。
渡辺さん:以前からやりたかった、備長炭を使った炭火焼料理店をやっていました。「こまどり」には防火設備があるから煙の出る料理ができなかったんです。でも人手不足になった「こまどり」を手伝うことになったので、居酒屋は営業できなくなってしまいました。今でも予約があれば営業していますし、いつか再開したいと思っているんですけどね。
――再開、楽しみです。他にも、今後やってみたいことはあるんでしょうか?
渡辺さん:米粉を使った餃子の開発に取り組んでいます。今よりも美味しくなるから、ぜひそのうち食べに来てください。
――それは楽しみですね。粉を変えたばかりなのに、まだ改良を考えているとは……。
渡辺さん:いつも商品のことが頭にあるからね。常に新しいことに挑戦を続けて、「さすがだな」ってお客様を唸らせたいんですよ(笑)。商売をするのに金のことばかり考えていてはダメ。商品が良ければ金なんて後からついてくるんだから。
――新潟のラーメン界ではレジェンド級のお店なのに、前向きな姿勢が素晴らしいです。
渡辺さん:昭和19年生まれだから81歳になったけど、80歳になりたての1年生だと思っているんですよ。人から喜んでもらえることがあるというのは幸せなことだから、これからも頑張っていきたいですね。

こまどり
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