三条市にある「カレーキッチンPandora(パンドラ)」は新潟県内でも数少ないスパイスカレーの店。塩以外の調味料は使わずスパイスだけで作られるカレーは、スパイスの風味をより強く感じることができて、辛いだけではない奥深さを味わうことができます。今回は「カレーキッチンPandora」オーナーで、ミュージシャンと舞台役者の顔も持つ市川さんに、スパイスカレーについてのお話を聞いてきました。
カレーキッチンPandora
市川 淳之介 Junnosuke Ichikawa
1975年三条市生まれ。長年工場で機械オペレーターを務め、歯車をはじめ様々な部品を作っていた。2017年工場閉鎖を機に「カレーキッチンPandora」をオープン。ミュージシャンとして月1回定期ライブを行っている他、舞台役者として芝居公演にも出演するなど幅広く活動している。趣味は読書とプラモデルで、お店でも読書会やプラモデルコンテストを行っているほどのハマりよう。
——今日はよろしくお願いします。こちらのお店はどんないきさつで始めたんですか?
市川さん:私の両親は自営で洋服のリフォーム業をやっていたので、自宅で仕事をしているのをずっと見ながら育ったんです。そのせいか、いつかは自分も店を持ちたいと思うようになっていました。この場所には以前「HAPPY LIFE CAFÉ(ハッピーライフカフェ)」というカフェがあって、知り合いだったオーナーに、店をやってみたいという相談をしていたんです。そのうち「HAPPY LIFE CAFE」が閉店することになって、店舗を引き継ぐ形で2017年12月に「カレーキッチンPandora」をオープンしたんです。
——じゃあ、子どもの頃からの夢が叶ったんですね。でも、カレー屋を選んだのはどうしてなんですか?
市川さん:私はミュージシャンもやっていて、ライブであちこちに出かけるんですよ。東京に行ったときに初めてスパイスカレーを食べて衝撃を受けたんです。それはもう、新潟では食べたことのない味のカレーでした。どうしてもそのスパイスカレーをもう一度食べたくて、自分でスパイスを取り寄せて作ってみたんです。
——すごい執念ですね。料理の経験はあったんですか?
市川さん:いえ、ほとんどありません。かろうじてチャーハンが作れるレベルでしたね(笑)
——じゃあ、どこかで修行するとか、レシピを調べるとかしたんですね?
市川さん:いえ、修行もしてないし、レシピも調べずに、自分であれこれ試しながら作っていったんです。でも、レシピを見ながら作らなかったのがかえってよかったと思っています。なぜかというとスパイスの感じ方って、人によって全然違うんですよ。たとえば、本には酸味があると書かれてるのに、自分でなめてみたら酸味なんて感じなかったりして。だから、自分の鼻や舌で感覚だけを信用して作っていきました。
——それじゃ、まったくのオリジナルカレーなんですね!
市川さん:そうですね。そもそも、自分が食べたいカレーを作りたかったわけですからね(笑)。東京で食べて衝撃を受けたスパイスカレーとは違うものになっちゃいましたけど、自分が最も食べたいカレーができたと思います。まあ、美味しくできたから結果オーライですね。
——試行錯誤の上に作り上げたカレーには、どんな特徴があるんですか?
市川さん:バター、ラード、小麦粉、砂糖を使わず、スパイスのみで作っていることでしょうか。味付けは塩のみで、甘味はハチミツでつけています。
——それは健康に配慮したカレーを意識したんでしょうか?
市川さん:というよりは、スパイスカレーの邪魔になる余計な味をつけるのが嫌だったんです。最初はいろいろ使ってみたんですが、使わない方が美味しくなる材料や調味料がたくさんあったんですよ。最初は30種類使っていたスパイスもどんどん減らしていき、最終的には15種類ほどになったんですよ。いってみれば引き算の調理をやっていったんです。それは私がやっている芝居の演出にも似ています。芝居でも全てのセリフを覚えてから、一度全て忘れるようにするんです。そこから出てくるものが本物の表現なんですよ。
——なるほど。余計なものを引いていくと、大事なものだけ残るっていうことでしょうか。ところでカレー作りの苦労ってどんなところですか?
市川さん:チキンカレーの甘口は苦労しましたね。最初に辛口を作ったんです。辛口から辛いスパイスを抜いて甘口を作ろうとしたら、カレーじゃなくてトマト煮になってしまったんですよ。チキンカレーの辛口をカスタマイズして作るんじゃなくて、別なカレーとして一から作らなければならなかったんですね。苦労の甲斐あって、辛党のはずのお客さんが、チキンカレーの甘口が一番美味しいと言ってくれたんです。それで、今度は今までの辛口のレシピを全て捨てて、チキンカレーの甘口を辛くして辛口を作ったら、以前より奥深い味になって断然美味しくなりました。
——苦労したおかげで甘口だけじゃなく、今までの辛口まで美味しくなったんですね。他のカレーはどうですか?
市川さん:ポークカレーの甘口は豚肉の臭みに苦戦しました。臭みを取るために長時間煮込みすぎると、スパイスの風味が吹っ飛んじゃうんです。だから、カレーを作る時は高火力・短時間で一気に仕上げなければならないんですよ。そのかわり仕込みにはじっくり1日かけてますけどね(笑)
——カレーって長時間煮込んで作るものだと思ってました。スパイスカレーの場合は違うんですね。ちなみに、一番辛いカレーはどれなんですか?
市川さん:店の名前がついている「パンドラの匣(はこ)」です。店のカレーの中では一番多くスパイスが使われていて、考えられるスパイスの使い方を全てやっています。辛いのが平気な人にはぜひ食べてほしいカレーですね。どうしても「パンドラの匣」を食べたかった辛いのが得意じゃないお客さんが、少しずつ辛さに慣れてレベルアップして行って、最終的には食べられるようになって感激していました(笑)
——私も食べてみたいんですけど、辛いのが苦手なので…(笑)。でも辛さって選べるんですよね?
市川さん:カレーによっては辛さが選べるものもあります。うちのカレーは辛さ増しにもこだわりがあるんですよ。たとえば、辛いのは苦手だけど少し辛いのが食べたい人が注文する「中辛」は、辛さを増すだけじゃなく、爽やかなスパイスを加えることで辛さを中和させています。逆に「激辛」はハバネロを入れることで苦味が加わり、辛みを強く感じるようになってるんです。
——市川さんはミュージシャンでもあるんですよね?
市川さん:はい。中学生の頃からギターを弾いてきて、もう30年くらい経ちます。ラジオやテレビに出演したり、コンテストに出たり、ツアーをしたり、CDを出したり、今までいろんな活動をしてきました。毎月「月一歌会」っていうライブをやっていて、もう10年間もずっと続けてるんです。いろいろなアーティストとつながることができて楽しいですね。
——10年間も毎月やってるんですか?ライフワークですね!あと音楽だけじゃなく芝居もやってるんですよね?
市川さん:そうなんです。最初はミュージシャンとしてお芝居の主題歌を作ったりしてたんです。そのうち、芝居に興味を持つようになって、40歳の時に劇団のオーディションを受けたら受かっちゃったんです。初舞台は劇団ハンニャーズの「メガミノコンセント」っていう芝居でした。シリアス劇だと思って受けたのに、まさかのナンセンスコメディだったんですよ(笑)。稽古は8時〜23時まで週5回あって、かなりハードだったんです。でも、役者をやった経験は音楽にも生かせて、ライブのスタイルも変わってきました。それ以来、年一回は芝居の舞台に立つようになりましたね。
——カレー屋さん、ミュージシャン、役者…。いろんな顔を持ってるんですね。
市川さん:別々なようでいて、私の中ではすべて通じるところがあるんです。音楽でも芝居でも、それからカレー屋でもエンターテイメントを表現することができるんですよ。すべてライブステージですよね。
——根っからの表現者なんですね。では最後に気になっていたことを聞きます。店名にはどんな意味があるんでしょうか?
市川さん:ギリシャ神話の「パンドラの匣」から来ています。開けてはいけないと言われた匣を開けてしまうと、中に入っていたいろいろな悪や災いが解き放たれてしまうんです。そして最後に残ったのは希望だったというお話です。このお話のように、世の中はいろいろな災いがあっても最後には希望が待っているわけですよ。でも、匣を開けなかったら何事も起こらないし、希望も見つけられないわけです。うちの店のカレーに言い換えれば、辛いんだけど食べてみなければ本当の美味しさがわからないっていうことですよね(笑)
東京で出会ったスパイスカレーをもう一度食べてみたいという思いから、全くの独学でオリジナルのスパイスカレーを生み出してしまった市川さん。現在もカレーは進化を続け、少しずつスパイスや調理法が改良されているんです。その基準になっているのは、市川さん自身が食べたいカレーということ。ミュージシャンであり、舞台役者でもある市川さんにとって、カレー屋もライブステージでのパフォーマンスなんですね。開ける勇気のある方は激辛カレー「パンドラの匣」を開けてみては?
カレーキッチンPandora
〒959-1105 新潟県三条市若宮新田719-1
0256-45-6535
11:30-20:30
日曜・月曜休