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時間と空間に向き合う。長谷川尚子さんがつくる、「写真映像」の世界。

作品を「伝える力」を重視した、写真・映像作家の登竜門「GRAPHGATE(グラフゲート)」。昨年行われたオーディションで、新発田市の「吉原写真館」で働く長谷川尚子さんが優秀賞を受賞しました。今回は長谷川さんに、作品をつくりはじめたきっかけや、作品に込められた思いなど、お話を聞いてきました。

 

長谷川 尚子 Naoko Hasegawa

1988年新発田市出身。中学時代から写真を撮りはじめる。大学卒業後はアクセサリー作家として活動し、2016年から新発田市の「吉原写真館」で働く。福島諭のLPレコード発売記念特別公演のために『UNCERTAINTY』を制作し、2024年の「GRAPHGATE」で優秀賞を受賞する。8月に行われた東京での個展期間中、美術館巡りをしたそう。

 

映像制作は、未経験。長谷川さんが作品をつくったきっかけ。

——まずは優秀賞の受賞、おめでとうございます。改めて、「GRAPHGATE」とはどんなものなんでしょう。

長谷川さん:ありがとうございます。プロ・アマチュア関わらず応募ができる、写真や映像作家のオーディションです。一般のコンテストとは少し違って、選考の中でプレゼンテーションがあり、期間中は自分の作品と向き合い続けていました。

 

——長谷川さんが「GRAPHGATE」に応募しようと思ったきっかけは?

長谷川さん:新潟出身のアーティストである福島諭さんの特別公演のための映像作品として、『UNCERTAINTY』という作品をつくったんです。福島さんに「出してみたら?」って言ってもらって、それを今回「GRAPHGATE」に応募することにしました。実は今まで、こういった映像作品はつくったことがなかったんですよ。

 

 

 

——そうだったんですね。

長谷川さん:中学校のときから、なんとなく写真を撮りはじめて、大学では写真のサークルに入ったり、卒業後に新発田市のイベントのときに展示をしたりしていたくらいで。福島さんのLPレコードのティザー映像をつくったのがきっかけで、映像作品の制作をはじめました。

 

——『UNCERTAINTY』を、長谷川さんは「写真映像」と表現されています。

長谷川さん:福島さんの作品は音楽なので、時間軸が必要だと思ったんです。それを表現するためには、映像にしたいと思ったんですが、今まで映像は撮ったこともなく。複数の写真の不透明度を変えながら重ね合わせて、時間軸を表現してみた作品なので、「写真映像」と呼んでいます。

 

 

——写真を重ね合わせて映像をつくる、という発想はどこから生まれたのでしょう?

長谷川さん:大学の卒業制作でこの方法を使っていたんです。当時は映像ではなく、写真でしたが。ピントをずらした写真を重ね合わせて、ぼやけて見えるような表現をしていたんです。私は境界が曖昧なものにずっと興味があって。『UNCERTAINTY』というタイトルは、量子力学の「不確定性原理」からつけました。

 

——どうして、それを表現しようと思ったんですか?

長谷川さん:舞台や映画を通して、「空間も時間も存在しない」 という物理的事実に出会って。今まで空間や時間の存在が絶対的なものだと思っていた私にとっては、衝撃的なものでした。その事実の先には続きがあって。空間や時間はないけど、「出来事と関係性は存在する」と主張する物理学者がいて。その主張を自分なりに落とし込んでみたいと思ったんです。

 

時間と空間の曖昧な境界を表現した、『UNCERTAINTY』。

——『UNCERTAINTY』は、二輪の花が咲いて、しおれる様子が写しだされています。

長谷川さん:時間という概念に向き合うなかで、花がいちばん時間の存在を感じることができると思ったんです。この作品は、現実を見つめて、それを壊して、自分の感覚に落とし込む、という過程を3部構成で表現しています。

 

——ふむふむ。

長谷川さん:第1部ではチューリップがしおれていく流れをそのままお見せしています。続く第2部では前半と後半で手法を変えてチューリップを表しました。前半では空間について考えていて、ピントのあっている写真にぼかした写真を重ねることで、空間の不確実さを表現しています。後半では、異なる時間で撮影した写真をランダムに重ねて、現在と過去、未来の境目がない、というイメージをつくりました。

 

 

——第3部の「自分の感覚に落とし込む」というのは、どんなふうに表現したのでしょう。

長谷川さん:第3部は祖父のフィルムカメラで撮影した写真を使っています。デジタルカメラは目で見たそのままをきれいに写してくれるから、自分の感覚から離れているように感じてしまうんですけど、このカメラは「自分で撮った写真だ」って思うことができるんです。被写体や空間の空気感など、目に見えないけど感じるものも一緒に写してくれる感じがするので。そんなフィルム写真で、現実はこうなっているのかもと自分なりに想像した世界をつくりました。

 

——物理学的な事実という、抽象的な概念を表現した作品から、自身の感覚のズレを知ろうとする貪欲な姿勢が伺えます。

長谷川さん:作品をつくる中で答えを見つけようとは思っていないんです。自分の未熟な頭では理解しきれないことなのはわかっているので。でも、興味はあったし、理解しようとすることはしたいと思ったんです。科学のはじまりも、この世界を知ろうとすることがきっかけでしたから。

 

曖昧な境界でも、理解することを大切に。

——『GRAPHGATE』の副賞である、企画展が明日からはじまります。

長谷川さん:個展では『UNCERTAINTY』の対になるような新作、『ゆらぎのあわいに』も上映しています。『UNCERTAINTY』では、花から「空間や時間」について考えましたが、今回は私と、母と、祖母の親子3代から同じテーマを考えています。

 

——作品をつくってみて、いかがでしたか?

長谷川さん:制作の中で、自分の中に母や祖母とのつながりを見つけることができた気がします。もちろん、遺伝があるから3人のつながりはありますが、自分を形成してきた、環境や出会ってきた人がそれぞれ異なるわけで。私たち3人の間には境界線が引かれていると感じていたんです。

 

 

——だけど、この作品から3人のつながりを感じることができたと。

長谷川さん:環境や人によってつくられている自分って、他者との境界がないんだろうなって思うんです。時間も同じように、「今と昔をはっきり分けられるものじゃないのかも」と実感しています。

 

——今後の長谷川さんの目標を教えてください。

長谷川さん:自分なりの表現を探しながら、「写真映像」というものの可能性を見つけていけたらいいなと思っています。今回の時間や空間のように、はじめは分からなくて興味のないことでも、境界線を引かずに、自分から理解しようとする姿勢を大事にしていければいいなと思います。

 

——大阪の個展に向けてひとこと、お願いします!

長谷川さん:来ていただいた人それぞれの角度で、私の作品を受け止めてほしいですね。どちらの作品も、被写体は身近なものですし、何か感じるものがあれば嬉しいです。

 

 

明日から開催される個展に加えて、長谷川さんの作品を觀ることができる企画展が新潟でも開催されます。時間と空間について向き合った長谷川さんの作品を、ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。

 

吉原写真館企画展

~吉原悠博コレクション展/長谷川尚子作品展~

 

[会期]10月17日(金)〜11月30日(日) 

[会場]吉原写真館(新発田市大手町2-6-22)月・火 休館

[時間]13:00~17:00(入館は16:00まで)

[入場料]1,000円

 

GRAPHGATE企画展 長谷川 尚子 作品展

「UNCERTAINTY / ゆらぎのあわいに」

 

[会期]2025年9月30日(火)~10月4日(土)

[会場]キャノンギャラリー大阪

[時間]10:00~18:00

10/4(土)、作中の音楽を制作した福島さんとのギャラリートークを開催予定。

 

 

長谷川尚子

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