人の手の跡に、心が動く。
秋葉区の「きものや絲」
カルチャー
2026.08.02
秋葉区の「きものや絲(いと)」。数十年前は何もなかったという場所が、今や住宅街に。その中の少し奥まった場所にある、昔ながらの和風住居が「きものや絲」の店舗です。店主の太田さんに着物店をはじめたきっかけや着物の魅力など、いろいろとお話を聞いてきました。
太田 雅子
Ota Masako(きものや絲)
1979年新潟市秋葉区生まれ。京都の短期大学および専攻科で4年間織物を専攻。卒業後は新潟へ戻り、着物販売店で販売を経験する。着物専門店で約10年間、販売や仕入れ、メンテナンス、着付け教室など幅広い業務に携わった後に独立。2018年に「きものや絲」をオープン。着付け教室では、生徒さんとの会話も楽しみにしている。
立派な庭と縁側のある建物。
偶然、着物屋さんに。
――縁側もあって、日本らしい趣のある建物が「きものや絲」さんのお店なんですね。
太田さん:ここは私が大学生のときに父が購入した建物なんです。といっても同じ秋葉区内に実家がありますし、「どうして買っちゃったわけ?」と不思議なんですけどね(笑)。父はごく普通のサラリーマンでした。その後自営業へと転身して、老後の楽しみにとこの住宅を買ったんだそうです。
――それが今は着物店だなんて。
太田さん:父のおかげで助かっています。独立するとき、諸先輩方から「最初はとにかく固定費はかけないように」とアドバイスしてもらっていたので。この建物はお客さまからも好評で、ありがたいなと思っています。
――偶然とはいえ、なんだか導かれるように着物のお店になったみたい。
太田さん:開業した2018年は、よい出会いに恵まれた年でした。本来、私は出不精なんですけど、店を構えるとなったら否が応でも外に出ないといけません。それがよかったんですね。新しい出会いにも恵まれて。コロナ禍前に丸々1年間、通常営業ができたことも幸いでした。
――そもそも「きものや絲」さんでは、どんなことをしているんですか?
太田さん:着物の販売とメンテナンス、そのほか着物に関する諸々の相談事を受け付けています。それに着付け教室と和裁士さんに来ていただいての和裁教室も行っています。


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作り手にならずとも、
着物だけは手放さず。
――これまでのこともお聞きしたいんですが、学生時代はものづくりに興味があったとか。
太田さん:10代の終わりにものづくりを仕事としている人に出会う機会が多くって。サラリーマンの娘だったので、それまでは周りにそういう大人がいなかったんですよね。「いいな。私もこういう仕事をしたいな」と思うようになりました。それでたまたま手に取った雑誌で染織の特集をしていたのを見て、「こういう作品を作るにはどうしたらいいのだろう」と、織物や染工を学べる京都の学校へ進学したんです。
――どちらかというと作家さんのような道を目指していた?
太田さん:そういうことができたらな、と。でも作家を生業にしている人は人として魅力的だし、コミュニケーション能力も高いんですよね。一方の自分は、その器ではないなという自覚があって。じゃあ工房で修業をしようか、というタイプでもありません。織物そのものは好きだけど、作り手が向いているかというと少し違ったんですね。織物を仕上げるには、縦糸や打ち込みの計算など細かな作業の積み重ね。緻密で几帳面な性格の人のほうが向いている世界です。「これを仕事にするのは難しいかもしれない」と、少しずつ現実が見えてきました。
――専門職をよく知っているからこその分析力ですね。
太田さん:そんなことを思っているうちに卒業を迎えて、新潟に戻ってきました。当時は私、ほんとうにコミュニケーションが得意じゃなかったんです。それでも共通の好きなものを介して人とつながりたいな、と着物販売のチェーン店で働くことにしたんです。好きなものであれば続けられるかな、という期待もありました。
――その経験が今につながるわけですね。
太田さん:3年勤めてから、着物専門店さんにお誘いいただいたんです。仕入れにも行かせていただきましたし、販売だけじゃなくて加工やメンテナンスについても覚えることができました。あの10年がなかったら、独立なんてできなかったと思います。
――お着物が好きとはいえ、途中で会社勤めでもしようとは思いませんでした?
太田さん:生まれ持った素養とは関係ないところで何かを続けることが自分に向いているんじゃないか、という思いがあったんですよね。織物を専攻したのもそう。長い時間をかけてやり込んでいれば、いつかかたちになるだろうと思っていました。作り手になる道は諦めましたけど、「着物に関わる仕事を続ける」という気持ちを一貫して持ち続けています。それに、着物以外にやりたいことはないんですよ(笑)
――ご自身の着物店をはじめるきっかけは?
太田さん:35歳になったときに、ふと「人生折り返したな」と思ったんです。それまで20歳も、30歳を迎えたときも気にしていなかったのに。「このまま人のお店にお世話になり続けて40代、50代を過ごすんだろうか」と考えると、独立が頭をよぎるようになりました。
――独立以外の選択肢もあったわけですね。
太田さん:ほんの一瞬だけですけどね。他にできることはあるだろうかと一晩考えたんですけど、まったくピンときませんでした。独立を決めてから一週間、ほとんど眠れませんでした。「これからどうなるんだ」と不安で、不安で。
――その決断をしてよかったと思います?
太田さん:もちろんです。あのとき、店を持つかどうか一晩悩んだわけですけど、夫も両親も「やっとそうしたか」というリアクションだったんです。不安がっているのは私だけでした(笑)

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一枚のお気に入りと、
20年の付き合いを。
――「きものや絲」さんらしさは、どんなところにありますか? 例えば特別な反物を扱っているとか?
太田さん:自分の目で見て好きなものをピックアップして、販売しています。そうやって仕事をしているうちに、お取引さんとのよい出会いに恵まれたりして、だんだんと商売が安定してきました。お客さまからの相談事に合わせて手配するものもあるので、たくさんのアイテムが雑多にあります(笑)
――あまり着物に触れる機会がないもので、どういう方が利用されるのか気になっています。
太田さん:うちでなくとも着付けを習得されて着物に入ってこられる方がとても多いですよ。「タンスに眠っているご家族の着物を着てみたい」と着付け教室に通い始める方も多いです。
――なるほど、私の実家にも着物が何着もあるので納得です。
太田さん:私は布フェチから着物の世界へ入ったので、布にどんな加工が施されているかに興味が湧いて仕方ないんですよ。着物屋で働きはじめてしばらくは、「当然お客さまもそうだろう」と勘違いしていました。「いや違う、みなさんファッションとして楽しみに来ていらっしゃるのだ」と気づくまで時間がかかっちゃった(笑)
――着物の生地にはそうとうな技術が使われているとよく聞きます。
太田さん:もちろん他のお洋服も楽しいんですけど、やっぱり着物を超えるものはないですね。これだけ作り込まれているんだから、日本人の器用さと長い歴史の中で培われた技術が詰まっていることがよくわかります。小さな島国に、これほど巧みな染めや織りの技法があるなんて素晴らしいですよね。
――着物を買う場合、最初は布選びからスタートですか?
太田さん:「きものや絲」は、どういうシーンで着るための着物を探されているのか、というところからお聞きします。そこから、着物にどれくらい親しんでいらっしゃるのかやご予算などを伺ってご提案します。ちなみに、うちはすべて反物からの仕立てになります。
――オーダーメイドですね。
太田さん:路面店のように通りすがりのお客さまが多いお店ではないので、すでに着物のかたちになっているものを売ってもあまり意味がないんですよ。それに20代から、いろんな素材の着物をたくさん着ましたけど、自分のサイズに合っていない着物は着づらいんですよね。決まったサイズで展開しているものは、どこかしら我慢しながら着なくちゃいけない。それはすぐ飽きちゃうんです。お洋服でもそうですよね。若い方はなんだって似合うけど、大人の場合はご本人もお洋服もきれいに見える素材感があるような気がしています。
――気に入ったものを大切に、長く着ることができるんですね。
太田さん:ひとつ仕立てるには、お洋服を買うよりも高価な買い物になりますが、自分に似合った着物を作っておけば20年は楽しく着ることができます。「これがしっくりくる」という1着をご提案したいと心がけています。
――太田さんは思う着物の魅力とは?
太田さん:私の場合は布ですね。広げているだけで幸せです。誰かが一生懸命作ったものにはわくわくします。均一に作られたものよりも、人の手の跡や揺らぎが感じられるものに奥行きがあるんですよね。



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