まもなく冬。いよいよ新酒の季節です。「〆張鶴」の宮尾酒造と「大洋盛」の大洋酒造のお膝元・村上市には、一般的な小売酒販店ではなかなかお目にかかれない設備をあつらえた酒屋さんがあります。村上駅や市中心街から瀬波温泉へと向かう住宅街の一角に店を構える「酒のかどや」さん。1階にお洒落なカウンター、2階にはスタイリッシュなラウンジ・スペースを備え、専門知識を持ったスタッフからアドバイスを受けながら、二大地酒をはじめとする様々な新酒の試飲にも対応しています。設置の目的や意義、店舗の運営戦略などについて、店主の社長・岩田孝義さんに話を聞きました。
酒のかどや
Takayoshi Iwata
1967年村上市生まれ。株式会社「酒のかどや」代表取締役社長。母が創業した「かどや商店」の跡継ぎとして高校を卒業後、修業を経て帰郷し家業に入る。「地域に必要とされるお店」をモットーに、経営者として辣腕を振るう。中・高時代は柔道少年。
――本日はよろしくお願いします。すごく立派なカウンターですね。
岩田さん:ありがとうございます。ブビンガという木の一枚板を使用しています。気に入った色や模様のものに出合うまで、半年くらい探しました(苦笑)。
――小売店にカウンターはなかなかないですよね。お酒の試飲ができるんですか?
岩田さん:もちろんできますよ。大吟醸酒など高額なものは少しお代をいただきますが、多くは無料で提供しています。常時20~30種類は用意していますね。
――カウンター中央の酒瓶が入った機械はなんですか?
岩田さん:お酒を開封した後も瓶内の空間に窒素ガスを充填して酸化を防ぎ、品質を保持するための、「ファンヴィーノ」というブランドのサーバーです。県内でも数台しか導入されていないそうです。小売店で入れているのはウチくらいかもしれませんね。
――すごいこだわりですね。そこまで本格的なカウンターを設置した目的を教えて下さい。
岩田さん:数年前に店舗をリニューアルした際、必ずやりたかったことのひとつでした。以前の店舗にも普通にイスとテーブルのある休憩・歓談スペースはあったのですが、さらに本格的なものにしたかったんです。地域の商店ってもともとは、特に用事がなくても、気軽にふらっと立ち寄って、自然と人が集まって情報交換していく場だったんですよね。「地域に必要とされる店」を経営理念に掲げているウチとしては、そういう場所の提供は絶対に必要なんです。それを具現化したものが、このカウンターです。開放的な雰囲気で、自然と会話も弾むでしょう? それにお店がちょうど村上駅・市街と瀬波温泉の間の通り道にあることから、観光で来た方にお土産用の地酒を試飲してもらうスペースとしても活用しています。
――2階にあるラウンジスペースも、その考えの延長線上にあるんでしょうか?
岩田さん:そうですね。2階の「LOUNGE KADOYA」では地域の集会やイベント、講習会など多目的に貸し出し、ご利用いただいています。会社でも、日本酒やワインの合同試飲会などに活用しています。春は駐車場にある桜がラウンジの窓からよく見えるので、お花見にも最高です。「このお店にわざわざ足を運んでよかった」、「地域にこのお店があってよかった」と感じてもらえるように、実店舗に来てもらうインセンティブを高めるのが大切だと思っています。
――確かに実際に店舗まで足を運べば、様々な商品を実際に見て、試飲して選ぶことができますね。
岩田さん:お店のスタッフは全員が新潟清酒達人検定の資格保有者で、うち私を含め4人は最高位の「金の達人」です。またワイン分野ではソムリエのスタッフもいます。4000種類以上の商品が並ぶ中で、そういった専門知識を持つスタッフとコミュニケーションを取りながら本当に欲しかった商品を選んでもらうことができます。これも大きなインセンティブのひとつです。あと効果的なのが、スタッフが各々専門分野のおススメを手書きで紹介する「今月のめにゅう」のチラシです。これを実店舗でお渡しするだけでなく、得意先に郵送したりネット注文の荷物の中に入れたりしているのですが、反響が小さくなく、注文だけでなく来店のきっかけにもなっているようです。手書きだからこそ、それを書いたスタッフに会いにきてもらえているのかもしれません。
――ネット通販がもはや一般化した時代に、実店舗に力を入れるのはどうしてでしょう?
岩田さん:先ほど挙げた経営理念の「地域に必要とされるお店」となるためにはそれが不可欠なことは言うまでもありませんが、これまで同業団体や商工団体での活動で内外の元気なお店をいろいろ見てきたことも大きいですね。都市部でも業績好調な酒屋はほぼ例外なく、実店舗が充実しています。私たち小売店は、商品そのものや価格で大規模チェーン店や大手ネット通販と差別化を図ることはできません。なので、あの店から買いたい、あの人から買いたい、と消費者の方々に思ってもらえるかが勝負なんです。
――なるほど。でもお店のネット通販サイトもかなり充実してますよね。
岩田さん:ネット通販自体はかなり早い段階、90年代後半からやっているんです。当時は確かアマゾンもなかったなぁ。そのころ、同業同士の研修か何かでパソコンをやっている人がいて、「それは何?」と尋ねると「インターネットだ、これで世界中の人とつながれるんだ」って(笑)。それはすごい、と翌日さっそく電気屋に走り、40万円近くもするマックを買って来たんですが、最初は何がなんだかサッパリ全く分からなくてねぇ(笑)。詳しい人に頼んだりして、軌道に乗るまでは苦労しました。
――(笑)。
岩田さん:お酒を買うだけなら、ネットをはじめコンビニやスーパーで十分こと足りるかもしれない。それでもウチから買ってくれるお客様は、商品プラスアルファの付加価値を感じてくれているのだと思います。そういうお客様は、口コミで新しいお客様を呼んできてくれたりもします。このお店いいよ、って。ありがたいことです。
――まさに「モノからコトへ」ですね。ところで最近、新潟市中央区にもグループの店舗が設けられるとか。
岩田さん:目下、店舗をリニューアル中です。ウチのやり方で県都で勝負できるのか、絶対に成功させたいですね。また、新潟と村上の2つに店舗があることによる相乗効果にも期待したいです。情報発信の面や、人的交流の面で特に。やりたいことはたくさんあります。例えば、村上の食文化はどこに行っても誇れるものだと思っているのですが、それを新潟でもさらに発信して、今以上に多くの方に村上に来てもらいたいですね。
――今後の展望を教えて下さい。
岩田さん:お店というよりもう少し大きな話になりますが、日本酒は国内消費が右肩下がりの状況にある一方で、海外での消費はどんどん増加しています。これは新潟の地酒にとっては特に、大きなチャンスだと思うんです。
――というと?
岩田さん:新潟のお酒はよく「淡麗辛口」とよく表現されますが、それは他地域に比べて食材が豊かでご馳走が多い新潟の食を引き立てる役割を担ってきたからだと言えます。つまりお酒だけを味わうのではなく、「食中酒」ということですね。今や世界中に広がっているワインも、基本的には「どう食事と合わせるか」というお酒です。日本酒も今後、食中酒としてさらに世界中に広まっていけば、食中酒の文化をすでに長く培ってきている新潟のお酒が一躍注目を集める可能性を十分に秘めていると思いますよ。しかも果実酒であるワインに比べ、日本酒は製造年による味のブレが少ない。ワイン界でいうブルゴーニュのようなポジションに将来、新潟がなっていても全くおかしくないと思います。そうなるために、酒屋として何か役に立てることがあれば積極的に携っていきたいですね。
――おお…そうなったらすごいですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。