柏崎の米作りと、暮らしをつなぐ。
「弥栄醸造」の坂本さん
その他
2026.07.06
昨年、柏崎に新しい醸造所ができました。その名は「弥栄(いやさか)醸造」。こちらで作られているのは日本酒ではなく、「クラフトサケ」と呼ばれる米麹を100%使ったお酒です。「自分で日本酒を作ってみたい」と醸造所を立ち上げた坂本さんに、米麹を使ったお酒のこと、これからのことなど、いろいろとお話を聞いてきました。
坂本 一浩
Kazuhiro Sakamoto(弥栄醸造)
1990年神奈川県出身。高校卒業後、東京の大学に進学。その後、大手日本酒メーカーの営業として働き、日本酒の魅力を知る。都内の地酒販売店に転職し、仕入れや販売を行った後、柏崎の「阿部酒造」で酒造りを学び、昨年「弥栄醸造」を立ち上げる。狩猟免許と船舶免許を取得したいのだとか。
「日本酒を販売したい」から、
「自分で日本酒を作ってみたい」へ。
――坂本さんはこれまで、日本酒に関わるお仕事をされてきたんですね。
坂本さん:大学を卒業してから、神戸にある大手日本酒メーカーで営業の仕事をしていました。スーパーのバイヤーさんと商談をしたり、店舗の応援に行ったり、百貨店の催事に出たり、いろいろと経験させてもらいました。その後は、日本酒関連の事業を立ち上げたベンチャー企業に転職して、地酒専門の販売店で仕入れや販売をしていました。
――そもそも、日本酒メーカーに入ろうと思ったのには、どんな理由があったのでしょう。
坂本さん:日本酒は好きでしたけど、すごく好きかって言われたらそうでもなくて。求人を見て「まあ、やってみるか」くらいの気持ちで入ったんです。それで営業をしているうちに、少しずつ日本酒の面白さに気づいていきました。ただ、営業の仕事は当然ですけど自社の日本酒しか販売できなくて。それから「自社以外の日本酒も販売してみたい」と思って、ベンチャー企業に転職したんです。
――販売する日本酒の幅を広げたいと感じたんですね。
坂本さん:転職して日本全国の地酒の仕入れや販売をして、さらに「日本酒が面白い」と感じるようになりました。販売店時代は副店長や店長も経験させてもらっていたんですけど、そのうち物足りなさを感じてきて、今度は、全国の酒蔵さんが作った日本酒を売るだけじゃなくて、自分で作った日本酒を販売してみたいと思うようになったんです。
――それで販売から製造の道に。日本酒づくりを学ぶ場所として、柏崎の「阿部酒造」を選んだのは?
坂本さん:「阿部酒造」で作られた、ある一本の日本酒に感動したんです。日本酒は通常、お米と塩麹を使って作られるものなんですけど、その日本酒は米麹を96%使った、ちょっと珍しいものだったんです。そのお酒がすごく美味しかったのもありますし、この作り方だったら自分で醸造所を立ち上げて、お酒が作れると思ったんです。
――と、いいますと?
坂本さん:法律の関係上、日本酒では新規の製造免許を取得できないんです。ただ、100%米麹を使ってお酒を作れば、法律上「日本酒」ではなくなるので、免許を取ることができると気づいて。このきっかけをくれた「阿部酒造」の6代目製造責任者の阿部裕太さんに電話で思いを伝えたら、「じゃあおいでよ」って言ってくださったので、2021年の9月から働くことにしました。
――実際に製造の現場で働いてみて、いかがでしたか?
坂本さん:お世話になった当初は、5、6人くらいで日本酒を作っていたので、分業ではなく、全ての工程を担当できたんです。だから他の大きな酒蔵さんで学ぶよりも短期間で日本酒づくりを学ぶことができました。メーカーの営業時代、日本酒の作り方を学ぶ機会もあったんですが、やっぱり手を動かして実際に作ってみると、「こうやってできるんだ」ってより深く理解しながら学ぶことができたと思います。

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何もないからこそ、
やりたいことが、何でもできる。
――柏崎で独立するというのは、決めていたんですか?
坂本さん:いえ、全然(笑)。「阿部酒造」で3年くらい修業したら、地元の横浜に戻って醸造所を立ち上げようかな、なんて考えていたくらいです。でも、横浜は柏崎よりもいろいろお金がかかるので、難しいなって思って。そんなときに阿部酒造と契約している農家さんから古民家を紹介してもらったんです。お酒を作れるスペースも確保できたし、柏崎にも慣れてきた頃だったので、その古民家を改修して醸造所を作ることにしました。
――そんなこちらの場所は、宮ノ下と呼ばれる地域です。
坂本さん:このあたりは農業が盛んな地域で、田んぼや畑がたくさんあります。僕もここに来てからは、お酒を作らない期間は近所のおじいちゃんたちと一緒にお米や野菜を作ったりしています。よく「何もないよね」って言われるんですけど、やりたいことが何でもできる環境だとも思っていて。東京へのアクセスもそこまで悪くないし、僕にとってはいい環境なんですよ。
――「弥栄醸造」という名前には、どんな思いがあるのでしょう。
坂本さん:「弥栄」って、「ますます栄える」みたいな意味を持つ言葉で、乾杯のときに使われていたような、おめでたい言葉なんです。僕がこの地域でお酒を造るんだったら、飲んでくれるお客さんはもちろん、お米を作っている地域の農家さんにも喜んでもらいたいと思っていて。僕の造るお酒を通して、皆さんに喜んでもらって、この地域が栄えていったらいいなという思いを込めています。


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宮ノ下のお米を使った、
お米の美味しさが感じられるお酒。
――坂本さんが作られているお酒は、いわゆる「クラフトサケ」と呼ばれる米麹100%で作られたお酒です。
坂本さん:日本酒に比べて、甘みと酸味が強く感じられるのが特徴ですね。甘みが強くなると重たくて、アルコール感の強いお酒ができちゃうので、飲みやすいバランスになるように気をつけて作っています。そのバランスの取り方も、「阿部酒造」で勉強させてもらったことを活かしています。
――これまで「一擲(いってき)」という名前のお酒を何種類も作られています。それぞれ、どんな違いがあるのでしょう。
坂本さん:お酒に使う麹菌がそれぞれ違うんです。日本酒であれば、使うお米の品種や精米歩合という、お米の磨き具合を変えてそれぞれの味わいを差別化していることが多いんですよ。お酒にも麹菌は使うのですが、その種類を公表している酒蔵さんはほとんどなくて。僕の造るお酒は麹菌によって味が大きく変わるから、麹菌の種類をあえて公表しています。
――米麹のもとになるお米は、宮ノ下のお米を使っているんだとか。
坂本さん:宮ノ下のお米は、僕が新潟のお米でいちばん美味しいと思うお米なんです。この美味しさをそのまま感じてもらえるようなお酒を造ることを常に大事にしています。今年醸造しているものから、自社田のお米を使ったお酒作りもはじめていて、今後はお米の種類を変えてお酒を作ってみたいですね。


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「宮ノ下って面白い」と思ってもらえる、
そんな「村」を作っていきたい。
――手応えはいかがですか?
坂本さん:1年目というのもあって、いろいろと試験的にやってみたんです。その中で、目指してできた部分もあれば、結果的に「そうなった」部分もあって。麹菌っていう目に見えないものを相手にしていると、大変なこともありますけど、それが面白かったりするんです。来年、もっと美味しいお酒を作れるように、ブラッシュアップしていきたいですね。
――来年が楽しみです。お酒だけではなく、「弥栄醸造」という場所もアップデートしていくと聞きました。
坂本さん:実は醸造所の中に直売所を作る予定なんです。お酒にも使っている宮ノ下のお米や、近所の農家さんが作った野菜を販売したくて。「弥栄醸造」のお酒を飲んで美味しいと思ってくれた人には、ぜひお米も買ってもらって、農家さんを応援できる仕組みを作りたいんです。
――坂本さんのお酒は、お米が必要不可欠ですからね。
坂本さん:お米を作る農家さんの高齢化はどの地域でも進んでいて、宮ノ下も70代くらいのおじいちゃんたちが作っているみたいな状況で。お米作りが回らないと、お酒も作れませんから。「弥栄醸造」を通して、宮ノ下のお米作りを次の世代につなげたいですし、ゆくゆくは、このエリアを「村」にしていきたいと思っていて。
――それは、どんな「村」なのでしょう。
坂本さん:県内外の人から「柏崎なら、宮ノ下が面白い」って思って来てもらえるような場所にしていけたらいいなと。去年から自社田の田植えや稲刈りを体験してもらうイベントをしていて、東京からも参加してもらえるようになったんです。そういう方が宮ノ下で宿泊できたり、ご飯が食べられるお店を作っていけたら、この地域がもっと栄えると思うんです。10年くらいはかかると思うんですけど、「弥栄醸造」を中心に、宮ノ下を「村」として発展させていきたいですね。

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