「タンポポ」という日本映画をご存知でしょうか。1985年に公開された、故伊丹十三監督による作品です。観たことのある人の中には、作中に登場したオムライスが印象に残っている人も多いことと思います。ふわふわとろとろのオムライスにナイフを入れると、中身の半熟卵がとろっとあふれ出す……。そんなオムライスを味わえる洋食店が、燕市吉田にある「かりん亭」です。今回は店長の増田さんに、オムライス秘話などのお話を聞いてきました。
かりん亭
増田 勝幸 Katsuyuki Masuda
1985年燕市生まれ。大阪の「辻調理師専門学校」で西洋料理を学び、京都のイタリアンレストラン、スペインバル、百貨店の洋食店などで修行を重ねる。2011年に新潟へ戻って家業の「かりん亭」で働き始め、現在は2代目店長としてお店を運営。趣味は絵を描くことで、店内のチョークアートも増田さんによるもの。
——今日はよろしくお願いします。その手元にあるメモって何ですか?
増田さん:このメモはお話しする内容に間違いがあると悪いので、あらかじめ父にも話を聞いて情報をまとめておいたものです。
——この取材のためにわざわざまとめてくれたんですか。ありがとうございます。では早速ですが、このお店がどのように始まったのか教えてください。
増田さん:はい。「かりん亭」は私の父が1994年にオープンしたお店です。もともと父は静岡にあるフランス料理店のシェフをやっていたんですけど、母の実家がある新潟で洋食店を開業することになったんです。オープン当時の吉田にはラーメン店は多いけど洋食店は少なかったので、洋食にも親しんでほしいという思いで「かりん亭」を始めたそうです。
——「かりん亭」っていう店名にはどんな由来があるんですか?
増田さん:父が働いていた静岡のフランス料理店が「かりん亭」っていう名前だったんです。そのお店を父が辞めるときに、常連のお客様が涙を流しながら残念がってくれたそうなんですよ。「そのお客様に新潟でお店をやっていることを知ってもらえたら」という思いを込めて、静岡で働いていたお店の名前をつけさせていただいたそうです。
——増田さんは2代目なんですね。ずっと「かりん亭」を継ごうと思っていたんですか?
増田さん:そうですね。小さいときから料理を作る父の背中を見て、憧れて育ちましたから。高校を出てから父の勧める「辻調理師専門学校」に入って「西洋料理科」でフランス料理やイタリア料理を学んだんです。その後、京都の老舗イタリア料理店をはじめ、スペインバルや百貨店の洋食店で6年間修行してきました。
——京都での修行は大変でしたか?
増田さん:まあ、朝早くから日付が変わるまで働く日々でしたから、今思うとキツかったのかもしれませんね。仕事は教えてもらうっていうよりも見て覚えました。職人の世界ですから、分量とかは具体的に教えてもらえないんですよ。あと料理はもちろんですけど、私は社会に出て間もなかったから、接客や人間関係についてのマナーを多く学んだ気がしますね。
——なるほど。職人さんは感覚で仕事をすることも多いんでしょうね。新潟にはいつ帰ってきたんですか?
増田さん:もともと5〜6年したら戻ってくるっていう約束だったので、6年間修行した後の2011年に新潟へ戻って「かりん亭」で働き始めたんです。それからは父に料理やお店の経営について学んで、今では2代目店長として自信を持って料理や接客、アルバイトの教育をできるようになりました。
——「かりん亭」ってアットホームな雰囲気が心地いいですね。このお店はご家族でやってるんですか?
増田さん:はい。父と母と私でやっています。忙しい時間にはアルバイトさんが入ってくれてますね。
——どんな思いでお店をやっているんでしょうか?
増田さん:お店で提供する料理やサービスを通して、お客様には笑顔になっていただきたいんです。それで明日からもがんばって過ごせるような、そんなお店を目指したいと思ってます。「レストラン」っていう言葉には「休む」っていう意味の「レスト」と「走る」っていう意味の「ラン」があると思ってるんです。お客様がこのお店で休んで、また走っていけるようなサービスを提供できるようスタッフ共々心掛けてます。
——おお!名言が出ましたね。でもお店をやってて大変なこともあるんじゃないですか?
増田さん:うーん……。働く時間は長いけど、京都の修行時代に比べればなんてことないですね。どっちかっていうと、うれしいことの方が多いですよ。私は「かりん亭」で働いて10年になるので、いろんなお客様にお会いしてきてるんです。その中でも、最初は一人で食べにきていたお客様が彼女と来るようになって、結婚して家族を連れて来てくれたりするとうれしいですね。うちで働いていたアルバイトの子なんかもそうです。学生だった子が社会に出て、結婚して家族と一緒に来てくれると自分のことのようにうれしいですよ。
——目の前に運ばれてきたのが「かりん亭」名物メニューの「タンポポオムライス」ですね。オムレツがふっくらして美味しそう!
増田さん:できたてはふっくらしているんですけど、だんだん萎んできちゃうので写真を撮るなら早めに撮っていただいた方がいいですよ(笑)
——この「タンポポオムライス」の「タンポポ」って、もしかしたら映画のタイトルですか?
増田さん:その通りです(笑)。伊丹十三監督の映画「タンポポ」に出てきた、ナイフを入れると半熟卵がとろっと溢れ出すオムライスなんです。父がお客様からリクエストいただいて、作ってみたら評判がよくっていつのまにか名物メニューになったんです。最初はこんなにオムレツが大きくなかったそうなんですよ。当時はカウンター越しにお客様とお話ししながら調理していたらしくて、話が盛り上がると卵をかき混ぜる時間が長くなって、だんだん大きくなっていってしまったんだそうです(笑)
——「タンポポオムライス」の他におすすめメニューってありますか?
増田さん:これから寒くなるので「オムライスグラタン」がおすすめです。「タンポポオムライス」にチーズやホワイトソースがかかっている、もっと熱々なメニューです。あと「みそクリームスパゲティ」も人気がありますね。味噌ベースのパスタソースにクリームを加えて、仕上げにチーズをかけたものです。味噌とチーズっていう発酵食品のハーモニーを楽しんでいただけます。
——どれも気になるメニューばっかりですね。こうした料理を作るときって、どんなことにこだわってるんですか?
増田さん:私は1日に何十皿もの料理を作ってます。週末になると200皿くらい作ってるんですよ。でも、お客様にとっては目の前にある1皿だけの料理なんです。そのことを忘れないようにして料理を作っています。あとメニューは昔からあまり変えてないんです。変化を求めるよりも、今あるメニューをよりよくマイナーチェンジしていきたいって思ってます。
——今後はどんなふうにお店を続けていきますか?
増田さん:今まで通り、しっかりした料理をこつこつとお客様に提供していきたいと思ってます。その上で「かりん亭」のタンポポオムライスやみそクリームスパゲティが、「みかづき」のイタリアンとか「杭州飯店」の背脂中華そばみたいに、新潟県を代表するアイコンになれるようがんばりたいですね。
——そうなるように応援してます!他にも何かありますか?
増田さん:あとはスタッフに毎日張り合いを持って働いてもらえるように、やりがいのある職場にしていきたいです。料理に対しても、人に対しても、きちんと向き合えるように心掛けていこうと思ってます。
増田さんのきちんとした誠実な姿勢に、「料理に対しても、人に対しても、きちんと向き合いたい」と話していた通りの人柄を感じました。その姿勢は、お店の雰囲気や料理にも表れていると思います。映画「タンポポ」のオムライスに憧れた人はもちろん、映画を見ていない人も「かりん亭」の「タンポポオムライス」をぜひ味わってみてください。ふんわりあたたかい気持ちになれると思いますよ。
かりん亭
〒959-0261 新潟県燕市吉田鴻巣405-3
0256-92-6076
11:00-21:30(L.O.21:00)
火曜休