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創業140年の暖簾と味を守る、「笹川餅屋」6代目の挑戦。

新潟市の中心地、西堀通と鍛冶小路が交差する角に杵のマークの古風な商店があります。創業140年近くの歴史を持つ老舗「笹川餅屋」です。笹団子が新潟を代表するお土産になったのは、実はこの「笹川餅屋」が大きく関わっているのだとか。今回は6代目店主として老舗を継ぐ笹川さんに、お店の歴史や暖簾を守る意気込みについてお話を聞いてきました。

 

笹川餅屋

笹川 太朗 Taro Sasagawa

1981年新潟市中央区生まれ。日本大学生物資源科学部食品経済学科を卒業後、業務用チョコレートの会社で企画営業を経験。2011年4月に新潟へ戻り「笹川餅屋」に就業。現在は6代目店主として店を継いでいる。会社勤めをしていたときは野球、ゴルフ、サーフィン、ゲームなど多趣味だったが、今はお菓子作り一筋。

 

 

笹団子が新潟を代表する土産品になったわけ。

——お店の佇まいが、いかにも老舗らしさを感じさせますね。店頭に飾ってある民芸品はどういったものなんですか?

笹川さん:あれは父があちこち旅行してはお土産に買ってきたものなんです。「餅」にまつわる民芸品を中心に集めていたんですよ。

 

 

——本当だ、じっくり見てみるとみんな「餅」絡みの人形なんですね。あと、店の隅にある神棚も気になっていたんですけど……。

笹川さん:あれは神棚じゃなくて、れっきとした稲荷神社なんですよ。ちゃんと神主さんから神様を入れてもらっていて、以前は神社として店のまわりにのぼり旗が立っていたんです。今でもお参りされている方がいますよ。

 

 

——それは失礼しました……。ちゃんとした神社だったとは。そんなところにも歴史を感じるお店ですね。

笹川さん:この場所に来たのは明治41年なんですけど、それまでに2度移転しているんですよ。創業は明治16年で、笹川トイという女性が初代店主なんです。当時、お餅やおやきの店というのは水商売のくくりだったので、女性が店主になることが多かったようです。砂糖が貴重な時代だったから、おやきや餅菓子、ちまきを中心にして、冬場はリヤカーに臼や杵を積んで家々を回って、家の人に代わって餅つきをする「賃餅(ちんもち)」という仕事もしていたそうです。

 

 

——じゃあ本当に「餅屋」だったんですね。お菓子はいつから作り始めたんですか?

笹川さん:日清戦争の後にようやく砂糖が普及したので、あんこや砂糖を使ったお菓子作りを始めたそうです。笹団子もその頃から作って売るようになったようです。でも当時は家庭で作るのが当たり前だったので、売れませんでした。

 

——笹団子といえば、県を代表する土産品のひとつですよね。そうなった経緯に笹川餅屋が関係していたと聞きました。

笹川さん:昭和39年に新潟国体が開催されることになって、全国から新潟に人が集まるので、これを機に新潟を代表する土産品を作ろうということになったんです。うちのおじいさんは「土産品協会」の理事をやっていた関係で県や市から相談を受けて、それまで新潟の各家庭で作られていた笹団子に目をつけたんです。ただ、笹団子は日持ちがしなくて土産品には向かなかったんですよ。

 

——その日持ちの問題はどのように解決したんですか?

笹川さん:研究所の人と一緒に考えて、笹団子の糖度を上げたり、それまで茹でて作っていたのを蒸して作る製法に変えたりして、日持ちするように改良したんだそうです。新潟国体のときに新潟土産として売られた笹団子が、選手たちの手によって全国に拡散して、広く知られるようになったんです。

 

新潟から逃げ出したものの、あらためて家業のすごさを実感。

——笹川さんは6代目なんですよね? 最初からお店を継ごうと思っていたんですか?

笹川さん:いいえ。とにかく新潟から離れたかったので、神奈川の大学を出て、そのままそっちで就職しました。

 

——どうして新潟を離れたかったんですか?

笹川さん:おじいちゃんが新潟では有名人だったので、どうしてもその孫として見られちゃうんですよ。それがイヤで仕方なかったんです。だから、おじいちゃんや店のことを知っている人がいない、遠くに行きたかったんです。家業を継ぐ気もなかったですね。

 

——当時はあまりお店に愛着をもっていたわけではなかったんですね。

笹川さん:親が店をやっていると、なかなか休むことができないですから。子どもの頃はどこにも連れて行ってもらえなかったんですよ。そんな記憶もあって、店をやろうとは思いませんでした。

 

——神奈川ではどんな仕事をしていたんですか?

笹川さん:業務用チョコレートの会社で企画営業をやっていました。お菓子やケーキの材料に使うチョコレートを販売する仕事で、チョコレートを使ったレシピをお客様に提案したり、相談を受けたチョコレートを開発したりしていたんです。小さな店から大きな会社までいろいろなお菓子作りの現場を見ることができて、とても勉強になりましたね。

 

——けっこう充実したお仕事のようですが、どうして家業を継ぐことになったんでしょうか。

笹川さん:仕事で7年間いろいろな店を見てきたんですよね。小さくても長く続いている店もあれば、大きいのにすぐ閉めてしまう店もありました。そうしているうちに100年以上も続いている笹川餅屋のすごさに気づかされたんです。しかも自分が継がなければ、その歴史に幕が下ろされてしまう。そうなったらきっと後悔するだろうと思って、新潟に帰ってきて働き始めました。

 

 

——たしかに100年以上の歴史ってすごいことですよね。帰ってきてみて、どうでした?

笹川さん:経営が厳しくなってきたっていう話は聞いていたので、私も腹をくくって帰りました。東日本大震災のあった翌月に帰ってきたので、自粛ムードもあって笹団子シーズンの春にも関わらず売れ行きが悪かったんです。そこで、お金をかけずに自分でできることから少しずつ改革していきました。

 

——たとえば、どんなことを?

笹川さん:まずは自分で笹川餅屋のホームページを作って、ネット販売を始めました。それから催事のときに使うポップを充実させました。これは売上に大きな変化があらわれて、親父からも認めてもらえましたね。それから子どもやファミリーのお客様を増やしたかったので、かわいい見た目の動物まんじゅうも作ったんです。そうしたら子どもが店の前で立ち止まってくれることが多くなりましたね。

 

自然の原料と昔ながらの製法で、本物の味をお届け。

——笹団子作りを覚えるのは大変でしたか?

笹川さん:前の会社でいろんなお菓子屋さんと関わっていたので、お菓子の作り方をはじめとした知識はあったんです。でも実際に作ってみると、頭ではわかっていても感覚がついていかなくて、最初は失敗することばかりでした。

 

——やはり経験と勘が大切なんですね。笹団子を作るときにこだわっていることはありますか?

笹川さん:笹団子ってシンプルな食べ物だから、原料や作り方が違っただけで大きく味が変わっちゃうんですよ。単純なだけにごまかしがきかないっていうか……。原料にはできるだけ新潟県産のよもぎや笹と石臼で挽いた粉をブレンドしたものを使っています。こがねもちを多く使っているので、モチモチした食感は強いんですけど、固くなりやすいんですよね。あんこは時代の流れに合わせて甘さを変えてきています。キャッチコピーになっている「本物の味をお届け」という言葉の通り、自然のものを原料に使って、昔ながらの製法で作ることにこだわっています。

 

——強いこだわりを感じますね。お店をやってきて、いいことばかりではないと思いますが……。

笹川さん:新潟に帰ってきて5年くらい経った頃、親父が入院したんです。ちょうど餅や笹団子のシーズンで忙しい時期だったんですが、急に店のことを自分ひとりで全部やらなければならなくなったんですよ。自分よりも長く店と付き合いのあるお客様も多いので、店の味が変わったと言われるのが怖かったですね。でも、その時期を乗り越えたことが自信につながりました。親父にも信用してもらえるようになって、少しずつ店のことが自分にシフトしてきたのもその頃からです。

 

 

——危機を乗り越えたことが自信につながったわけですね。ではお店をやっていて嬉しいと思うのはどんなときですか?

笹川さん:前の仕事ではエンドユーザーの声を直接聞くことがなかったんですが、今はお客様から直接声を聞くことができるんですよ。その中でも「代がかわって、いっそう美味しくなった」って言ってもらえるのが一番嬉しいですね。これからも店の歴史に恥じないよう、本物の味を皆様にお届けしていきたいと思っています。

 

 

今回は、6代目として店を継ぎ、歴史ある暖簾と味を守り続ける笹川さんから、「なぜ笹団子が新潟を代表する土産品になったのか」という貴重なエピソードまで聞くことができました。皆さんも笹だんごが食べたくなったら、ぜひ古町の笹川餅屋に立ち寄ってみてください。そのときはショーケースの中の民芸品や、ひっそり祭られている稲荷神社の祠にも注目してみてくださいね。

 

 

笹川餅屋

〒950-1144 新潟県新潟市中央区西堀前通4番町739

025-222-9822

8:00-18:00

1月1日-3日他不定休

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