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小学生から能に親しむまちで「天領佐渡両津薪能」を守り継ぐ人たち。

佐渡では江戸時代から地域全体で能に親しんできた歴史があり、両津の薪能は約50年前から地域の人たちによって演じられてきました。現在は春から秋にかけて演目が上演されており、薪能を目当てに両津を訪れる観光客もいるほど。今回は、両津で能の指導をしている金井雄資先生と神主弌二先生にお話を伺い、能装束の着付け勉強会の様子を見せていただきました。

 

宝生流能楽師

金井 雄資 Yusuke Kanai

1959年東京都生まれ。宝生流・金井章の長男。1964年入門。18代宗家宝生英雄に師事。1965年初舞台。1978年初シテ(能の主役のこと)。重要無形文化財保持者。公益社団法人能楽協会専務理事。佐渡・両津のほか各地で指導を行っており、「天領佐渡両津薪能」特別公演ではシテをつとめる。

 

宝生流能楽師

金井 賢郎 Kenrou Kanai

1990年東京都生まれ。金井雄資の長男。1994年入門。19代宗家宝生英照、20代宗家宝生和英に師事。1995年初舞台、2015年初シテ。佐渡・両津のほか、全国各地で能の指導や講座を行なっている。

 

宝生流師範

神主 弌二 Ichiji Kouzu

1945年佐渡市生まれ。佐渡宝生流本間家の一門。佐渡の能舞台に立つほか、主宰する「神月会」のお弟子さんに稽古をつけたり、市内の中学校で能楽を教えたりなど、さまざまな活動で佐渡の能文化を支えている。

 

佐渡の能文化を支えてきた「本間家」から受け継がれたご縁。

――金井先生はどういった経緯で、両津で能を教えてらっしゃるんでしょうか?

金井先生:佐渡では能が文化として受け継がれてきた歴史があって、両津ではもともと「佐渡宝生流」の能楽師、本間先生(※1)が指導されていたんです。本間先生の家……本間家は佐渡で400年、能文化を支えてきた家でして。佐渡で指導をされながら、東京を中心とした舞台活動もされていましたから、本間先生のことは子どものときからよく知っていました。でも、私が佐渡に毎月伺うようになるとは思っていなかったですね。6年前、本間先生が亡くなったときに、神主さんたち「佐渡能楽倶楽部」のみなさんが私を選んでくださいました。佐渡の能を支えてきた本間家という存在を考えますと、本間先生の仕事を引き継ぐのは大変身の引き締まる思いです。神主さんたちが、舞台、能面、能装束を維持管理されているご苦労も感じていますし、なんとかお力になれればと思いながら、両津でお稽古をしています。

 

※1 本間先生:佐渡宝生流の十八代当主・本間英孝先生のこと。

 

 

――金井先生と両津は、そういったご縁があったのですね。神主先生が能と出会ったきっかけは、どのようなものだったのでしょうか?

神主先生:明治42年に両津で「佐渡能楽倶楽部」が創設されたんですけど、私の祖父が2代目の会長だったんです。でも、私が子ども時代に稽古を受けることはありませんでしたね。なんとなく謡を耳にしていたくらいで。ところが佐渡の高校を出て東京の大学に行ったときに、やはり能に興味が出てきて。東京で「宝生会」に入ったんです。先輩から「卒業までに200番観ろ」と言われたので、学生時代は能をよく観ました。学生席に座って、ああでもない、こうでもないって生意気なこと言いながら楽しい思いをして。それが今日につながっていますね。大学卒業後も能を続けて、40歳で佐渡宝生流の本間先生の門下に入り、本格的に打ち込むようになりました。そして本間先生が亡くなってからは金井先生にご指導いただいて、60年近く能を続けてきました。

 

能は「一生ものの感動」を得られる、日本の文化・芸術の総合体。

――金井先生にとって、能の魅力とはなんですか?

金井先生:能は日本の文化・芸術を凝縮させたもの「総合体」だと思っています。どういう意味かと申しますと、能面は最高級の彫刻で、装束は美術工芸品で、舞台は大変美しい建造物で、そこに鍛錬された役者の芸を乗せて舞台をつくりあげていく。そういった意味で「文化の総合体」と思っていますので、能の舞台をご覧になって、能を誇りに思ってくださる日本人が増えていくことを願っています。すばらしい舞台に出会うと、一生ものの感動を得られます。そういう舞台と出会えるように、より多くの方にさまざまなかたちで能に触れていただけたらと思っています。

 

――​​神主先生は学生時代に能をたくさん観られたそうですが、どんな演目が印象に残っていますか?

神主先生:たくさんありますが、いちばん最初は「半蔀(※2)」でしたね。すばらしい舞台を観た後はもう、誰とも会いたくなくて。終わった後、すぐに上越線に乗って帰ってきました。

 

※2 半蔀(はしとみ):源氏物語の「夕顔の巻」に描かれる光源氏と夕顔の上の恋物語を題材とした演目。夕顔の霊が光源氏との出会いを思い出してひたすら懐かしみ、恋心を語り舞うという構成。(参考:能楽を旅する「半蔀」)

 

小学生から能文化に触れられる、能のまち・両津で舞台をつくる人たち。

――​​舞台には一般の方が立っているそうですが、お稽古はどのようにされているのでしょうか?

金井先生:私たち、プロの能楽師の場合は「お客様を感動させなければ」という苦しみもあります。でも佐渡で能に携わっている方々は、別に本業を持たれているみなさんです。ですから「楽しんでいただくこと」を第一にお稽古をしています。とはいえ楽しむためには、スポーツと同じように鍛錬が必要になります。舞台でお客様にも観ていただくわけですからね。ある程度基準を満たすものをやっていただかないとと思っています。ですからお稽古をして資格を取った方だけが、薪能で舞台に立つことになっています。能は主役がひとりでやるものではなく、いろんな連携があってできるものですから。そういうバランスも含めて、少しでもいいものを舞台でできるように、ある程度は厳しく指導して、稽古を積んでもらっています。

 

 

――​​舞台で笛や鼓を演奏する「囃子方」も一般の方がされているそうですね。

金井先生:そうです。「笛に興味のある方は笛を、鼓に興味のある方は鼓を」という感じで、みんなふたつくらい楽器を習っています。プロの囃子方に師事している方もいますね。

 

――お稽古をされているみなさんは、普段どんなことをしている方たちなんですか?

神主先生:お勤めの方もいれば、学校の先生もいるし、農業の方、それからお蕎麦屋さんとか自営業の方もいらっしゃいます。本当にさまざまです。

 

――みなさんは薪能などの舞台鑑賞をきっかけにお稽古をはじめるんでしょうか。

神主先生:「薪能をきっかけに」という方もいらっしゃると思いますし、佐渡では小学校、中学校のカリキュラムで、能を学ぶ機会があるんですよ。私は中学校で教えていますし、小学校で教えている人もいます。子どもたちは一生懸命やるし、飲み込みが早くて上手くなりますよ。学校で発表会もあって、舞囃子とか謡を舞台の上で披露します。

 

――小学校や中学校で能を学ぶことができるんですね!

金井先生:学校のカリキュラムに能が組み込まれている自治体は、全国的に見ても大変珍しいです。「佐渡の能の歴史を地域で受け継いでいこう」という思いが感じられますね。

 

特別公演「熊坂」は、僧侶から盗賊への変身と、荒々しく戦う姿が見どころ。

――次回、10月の特別公演のお話も伺えればと思います。どういった演目なのでしょうか。

金井先生:特別公演は1年に1回で、そのときだけ私が舞います。今年の演目は「熊坂」で、「熊坂長範」という盗賊の話です。能は「鎮魂の芸術」といわれるほど、亡霊が出てくる作品が多いのです。「熊坂」では「熊坂長範」の亡霊が、はじめは僧侶の姿で登場しワキ(能の脇役のこと)の僧侶に一夜の宿を貸しますが、そのワキ僧の夢に「熊坂長範」が本来の姿で現れ、牛若丸に退治された有様を語ります。長刀を使って、大変激しく動き回って、戦闘の様子を見せる。それで最後に、僧侶に回向(※3)を頼んで消えていく。そういう話ですので、長刀を使って激しく動き回るところがいちばんの見せ場ですね。

 

※3 回向(えこう):死者の冥福を祈り、お経を読むことやお布施を行うこと。

 

金井先生:激しく動きますので、装束が崩れないことは重要です。長刀を振り回して飛び回ったときに、頭布がずり落ちてきたり、帯がゆるんでは困りますから。また舞台では、装束の着替えに使える時間が短いんですね。前半、後半の間の10分ほどで終わらせないといけません。楽屋に入ったら、僧侶の装束を脱いで「熊坂長範」の装束に着替えるわけですが、あっという間に時間が経ってしまいます。ですから私の息子(金井賢郎先生)が地元のみなさんに一所懸命に指導していたわけです。本番の舞台がすばらしいものになるには、こうした裏方の仕事もとても大切なんです。今日は私も一緒に指導しましたが、本番では「熊坂長範」の装束を着せられているわけで、お教えできません。だから今日のような勉強会でしっかり学んでいただいて、本番できちんと着付けられるようにしてもらっています。

 

――「天領佐渡両津薪能」をよりよい舞台にしようと、ひとりひとりがさまざまなお稽古を積んでいるんですね。今日はありがとうございました。

 

 

長い歴史を持つ佐渡・両津の薪能は、地域の人の暮らしとつながる大切な文化として愛され、守り継がれてきました。そうした歴史の重みがある一方で、観光客にも開かれた薪能は親しみやすく「能の世界への入り口」になっているようです。2023年の「天領佐渡両津薪能」は、次回10月の特別公演で締めくくられます。プロの能楽師と、佐渡でお稽古を積んできたみなさんの共演は、年に一度、特別公演だけです。この機会にぜひ、ご覧になってみてください。

 

 

天領佐渡両津薪能 特別公演 「熊坂」

2023日10月21日(土)19時30分開演

会場:椎崎諏訪神社 能舞台

荒天の場合は会場が「金井能楽堂」になり開演時間も変更

 

天領佐渡両津薪能実行委員会(一般社団法人佐渡観光交流機構内)

0259-23-3300

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