夫婦で演奏、夫婦で教える。
「津軽三味線 小林組。」
カルチャー
2026.04.17
新潟市を拠点に活動する「津軽三味線 小林組。」。夫婦で演奏と指導を続けながら、多くのお弟子さんたちとともに津軽三味線の魅力を伝えています。今年の3月にリサイタルに足を運び、「こんな奏者さんが新潟にいるなんて」と感動したのが、今回の取材のきっかけです。小林さんご夫婦にこれまでどのようにスキルを磨いてきたのかや、具体的な活動についてなど、いろいろとお話を聞いてきました。
左/小林 文夫
Fumio Kobayashi(津軽三味線 小林組。)
1968年新潟市生まれ。19歳から津軽三味線奏者「木田林松次」氏に師事。2005年に夫婦で「津軽三味線 小林組。」を立ち上げる。2016年に1stアルバムをリリース。ステージの上とは裏腹に、普段は無口な性格。
右/小林 申岵
Nobuko Kobayashi(津軽三味線 小林組。)
石川県生まれ。高校生の頃に三味線をはじめ、その後9年間、木田先生のもとへ通う。結婚を機に新潟市に転居。2005年から文夫さんとともに「津軽三味線 小林組。」として活動している。とにかく猫が好き。
はじまりはそれぞれ、
津軽三味線に魅せられて。
――おふたりは、いつから三味線をはじめられたんですか?
文夫さん:私は19歳のときです。父親が、私の師匠でもある木田林松次先生のもとで津軽三味線を習っていて。親父の演奏はあまりピンとこなかったんだけど、プロの奏者が弾く三味線のカセットテープを聞いて「かっこいいな」と思ったんですよ。それから、親父に連れられて木田先生の教室に見学に行ったんですね。先生が奏でる音色を聞いた瞬間、「ここで津軽三味線を習おう」と決めました。
申岵さん:私は、姉の結婚式でサプライズ演奏をするために三味線をはじめたんです。両親が民謡を披露するのに伴奏が必要だから、というわけで。そのとき演奏する楽しさに夢中になって、結婚式が終わってからも三味線を続けました。それからテレビで見た「津軽三味線」に魅せられて、個人レッスンを受けるために新潟の木田先生のもとへ通いはじめたんです。
――三味線にもいろいろな種類があるんですね。
申岵さん:私がもともと演奏していたのは「民謡三味線」でした。津軽三味線とは楽器そのものも、弾き方も違うんですよ。
――でも申岵さん、当時は石川にいらしたんですよね。木田先生のところへ通っていたということでしたが……。
申岵さん:はい、9年間(笑)。片道4時間半かけて、新潟市まで習いに来ていました。移動時間に比べるとレッスンの時間は、ほんのわずか。誰よりも必死でしたよ。
――それほど意思が強かったということですね。
申岵さん:プロになりたいと思っていましたから。でも今みたいな関わり方も楽しいですね(笑)。お弟子さんがどんどん上手になっていく姿に、胸がいっぱいになります。
――そこも気になっていたんです。おふたりはプロではないんですか?
申岵さん:セミプロみたいなものですね(笑)。私も夫も、上手になりたい一心で今まで津軽三味線を続けてきて、コンクールにも何度もチャレンジしています。それぞれ本職は別にあるんですが、夫婦で「小林組。」として津軽三味線を教えたり、演者としてステージに立たせてもらったりしています。


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教えること、続けること。
夫婦で築いてきた時間。
――独立されて、ご夫婦で「小林組。」を立ち上げてからのことも教えてください。
申岵さん:いわゆる営業活動みたいなことはしてこなかったんですけど、町内で敬老会があるというので声をかけてもらったり、砂丘館さんで定期的に演奏会を開いていただいたりという感じで、少しずつ津軽三味線を聞いていただく機会が増えていきました。
――「小林組。」として、津軽三味線を教えることもされていらっしゃいます。
文夫さん:最初の生徒さんは、柏崎にひとりだけ。ふたりで柏崎に行って、レッスンをして帰ってくる。それでも自分たちだけで自由に動けている実感がありました。
――演奏できるまですごく時間がかかりそう……。
申岵さん:「さくら さくら」は、すぐに弾けると思いますよ。でも、とにかく奥が深くって。できそうだけどなかなかできない難しさが、人を惹きつけるのかもしれないですね。
――お仕事と両立されているということですが、いったいどんなスケジュールなんですか?
文夫さん:休日は土曜日に新潟市、日曜日に柏崎で個別レッスンを開いています。
――お休みはないようなものですね。
申岵さん:もうすぐ定年なので、あと少しの辛抱でしょうか(笑)
――心底、津軽三味線がお好きなんですね。その気持ちは生徒さんにも伝わっているんだろうな、と思いました。
申岵さん:自分ももっとうまくなりたいし、お弟子さんにもうまくなってほしいな、と思っています。今年は3月にみんなでリサイタルを行いました。だいぶ前から準備をして「やっと終わった」とホッとしているところなんですが、気持ちはもう次に向かっています。みんなでCDを制作したいと思っているので、もうひと踏ん張りしますよ。
文夫さん:若いときは、「大会で通用する人を育てたい」とばかり思っていたんですけど、年齢を重ねてからは、お弟子さんたちが楽しくワイワイやってくれているのがいちばんだな、と思うようになりましたね。

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プロレベルの演奏の裏に、
地道な鍛錬。
――先般、小林さんご夫婦と生徒さんのリサイタルを拝見しました。すごい迫力に圧倒されっぱなしでした。
文夫さん:ありがとうございます(笑)。当日出演してくれたメンバーの中には、私たちと同門の奏者もいます。3人でユニットを組んで、東京だとか各地に演奏しに行っていたこともあるんですよ。あの頃もけっこう楽しかったな。
――それもひとつの収入の柱だったわけですね。
申岵さん:いえいえ、そこまでではまったくないですよ。衣装代や楽器のメンテナンスも自腹ですから、収支がマイナスとなることがほとんどでした。
――モチベーションはどんふうに……?
文夫さん:気持ちも生活も、津軽三味線が中心にありましたからね。ユニットで各地へ出向いていた当時は、さらにその意識が強かったです。オファーをくださる側の人は、私たちを「プロとして」扱ってくれていれますんで。
――リサイタルでは民謡も歌っていらっしゃいました。
申岵さん:独立前からふたりとも簡単な民謡であれば歌っていたんです。でも「小林組。」を立ち上げてからは、「お金をいただく以上、素人みたいな歌では失礼でしょう」という気持ちがあって。仙台にいるプロの先生にお願いして、ふたりで10年間民謡を習いに行きました。とても厳しい先生で、10年間ずっと同じ曲、「南部牛追唄」だけを練習したんです。
――す、すごい……スパルタですね。
申岵さん:でもそれだったから、民謡を歌うことも、教えることもできるようになったんです。習ってよかったな、と思っています。
――個人的に聞きたいことなんですが、おふたりのレベルになっても自主練しますか?
申岵さん:夫は毎朝4時半から練習しています。
文夫さん:その代わり、朝に40分だけですよ。前は夕方も練習していましたけれど。私は、練習が大好きなので。本番よりも練習が好きです(笑)

津軽三味線 小林組。
公演の依頼・ご相談は、090-7736-3796(申岵さんの携帯電話)まで。
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