全国的にもかなり珍しいというウイスキーのクラフト蒸留所が、県北の村上市にこの秋開業したという話を聞きつけ、さっそく取材を敢行! 10月26日にオープンしたばかりのこちらの「吉田電材蒸留所」さんは、国内で主流の大麦麦芽のみを原料とするモルトウイスキーでなく、様々な穀物を原料とするグレーンウイスキーを専門に製造するクラフト蒸留所として、なんと国内で初の開業なのだとか。同所の蒸留責任者を務める北村さんに、ウイスキーのイロハから開業の経緯、今後の展望まで、いろいろとお話を伺ってきました。
吉田電材蒸留所
北村 友貴 Tomoki Kitamura
1992年滋賀県大津市生まれ。大学でバイオサイエンスを専攻し、研究室で微生物の働きについて研究。日本酒の酒蔵、ビールやウイスキーを製造するクラフト系メーカーでの勤務を経て昨年、産業機器の設計・製造を手掛ける吉田電材工業(本社・東京都台東区)が新たに乗り出したウイスキー製造事業に技師として仲間入り。村上に移り住み、吉田電材蒸留所の立ち上げから蒸留責任者として携わる。趣味はオフロードバイク。
――オープンおめでとうございます。さっそくド素人の質問で恐縮なのですが、こちらが専門とされるというグレーンウイスキーと、モルトウイスキーの違いからご説明いただければ……。
北村さん:さっそく取材に来ていただきありがとうございます。モルトとグレーンは端的に原料の違いで、モルトは大麦麦芽のみを使用しているのに対し、グレーンは大麦麦芽を含めコーンやライ麦など様々な穀物を原料とします。味・香りの違いでいえば、モルトは比較的クセ・主張が強く「ラウド」なのに対し、グレーンは作り方にもよりますが一般的には大人しく穏やかで「サイレント」なのが特徴といえます。市場に広く流通しているのは、この2つを混ぜ合わせ、飲みやすくした「ブレンデッドウイスキー」です。日本では以前のテレビドラマ(NHK『マッサン』)でも描かれていたように国内導入の過程からスコットランドを源流とするモルトが主流で、現在でもグレーンを製造しているのは大手メーカーの一部のみ、国内に約50あるクラフト(小規模)蒸留所もモルトが専らで、グレーン専門のクラフト蒸留所は弊所が初めての開業になります。
――そうなんですね。ではなぜ、こちらではグレーンに特化を?
北村さん:いきなり本題ですね(笑)。すごく大きな目標でいうと、「ジャパニーズウイスキーの多様性」に貢献したい、というのがまず第一です。これは、弊所が掲げる3大ミッションのひとつでもあります。「ジャパニーズウイスキー」、つまり国産ウイスキーは近年国際的にも人気を集め、出荷量はここ10年で2.5倍に増加し、酒類別の輸出量でいえば昨年は日本酒を抑えてトップになったほどです。その一方で、外国産の原酒を混ぜ日本国内で瓶詰めしただけの商品が「ジャパニーズウイスキー」として特に海外で出まわっているのが問題化していて、業界団体の日本洋酒酒造組合では昨年、国内蒸留所での製造などをジャパニーズウイスキーの要件とする自主規制に乗り出したんです。法的拘束力はありませんが、これにより例えば国内で自社モルトを原酒に用いたブレンデッドをジャパニーズウイスキーとして出すには国内で製造されたグレーンを調達する必要があるため、国産グレーンの原酒需要が高まっているんです。専門の蒸留所として多様で高品質なグレーンを供給していければと考えています。
――なるほど。一気に詳しくなりました(笑)。ところで、名称の「吉田電材」というのは?
北村さん:こちらの蒸留所は弊社・吉田電材工業の新事業という位置づけなんです。本社は東京都台東区で、産業機械や医療機械の設計・製造、部品加工などを手掛けています。
――そういうことですか。ではなぜ、首都圏の機械メーカーさんがここ新潟で新事業を?
北村さん:弊社のグループ会社で、変圧器などの製造を手掛けている会社「ヨシデン」がお隣りの胎内市にあるのですが、同社が所有する村上市のこの工場物件がちょうど蒸留所としてうってつけだったんです。かたちとしては、弊社がグループ会社の施設を活用して新事業を行っている、ということですね。弊社は数十年前から新潟でずっと仕事をさせていただいていて、地の利みたいなものもあったようです。またもちろん、このあたりの水をはじめとする自然環境の豊かさもウイスキーという人の口に入るものを造る場所としては最適といえます。
――では改めて、こちらの蒸留所の特長を教えてください。
北村さん:はい。ウイスキーの原酒ができるまでには大まかに原料の粉砕→糖化→発酵→蒸留という4つの工程があり、それから樽に詰めて熟成させる過程を経て、ようやく商品となるのですが、まず最初の粉砕の工程で、様々な穀物を原料とするグレーン専門の製造施設として、原料を何種類でも自在に配合できる独自の設備を導入しています。これにより、様々な香りや味を表現できるようになっています。弊所ではオリジナルブランドの商品化のほか、国産ブレンデッドのグレーン原酒として他所への供給も計画していますが、先方の要望に応じ、細かく微調整できるのも強みといえるかもしれませんね。
――またもや素人質問で恐縮ですが、ウイスキーってできるまでにとれくらいかかるものなんですか?
北村さん:難しい質問です(笑)。弊所では単純に原料から原酒になるまでなら糖化に1日、発酵に3日、蒸留に1日で、粉砕を1日とカウントすれば概ね1週間ですかね。その1サイクルでだいたい1樽半ほどから最大3樽位、年間では最大100kLほどの生産能力があります。ただその後、原酒を熟成させる期間がありますので、出荷は早くても2~3年後になるんです。
――あー、ウイスキーでよく「〇〇十何年」って聞きますが、それのことですね。熟成ってどういう期間なんですか?
北村さん:できたばかりの原酒って、すごく個性が粗削りでトゲトゲしく、人で例えるならまさに感情を制御する術をまだ知らない赤ちゃん、って感じなんですよ。なので、いわば樽という学校に入って生活してもらうことで、個性を伸ばしつつカドを丸くして社会に出る=人の口に入る準備をしてもらう期間、っていうことになるでしょうか。人と同じで、その個性を活かしてタレントや個人事業主のように単体の商品として世に出るパターンもあれば、会社員のようにブレンデッドの歯車として活躍する場合もあります。若い時期と時間が経過した後で個性の活かし方に違いが出るのもまた、人間っぽいといえるかもしれません。
――……すごく分かりやすい例えです。北村さんはいわば先生ってことですね(笑)。で、こちらに鎮座するのがいわば母体の蒸留器、と。
北村さん:そうですね。ドイツ・KOTHE社製のハイブリッドスチルという蒸留器を採用しています。味や香りを出しやすい単式と効率の良い連続式の両方の機能を兼ね備えています。実は当初、地元の税務署からウイスキー製造免許を交付いただいたこの春にもすぐ開業する計画だったのですが、これを始めとする外国製の設備がコロナ禍やウクライナ情勢による船便の混乱・停滞でなかなか届かず、開業がここまでズレこんじゃったんです。
――ちなみに、8月の豪雨で被害はなかったのでしょうか。大きな被害を受けた地域からそれほど離れていないと思いますが。
北村さん:この施設にも浸水はあったのですが、原料や樽はパレットに載せていたので無事でした。この蒸留器も納期の遅れが幸いしてまだ届いておらず(苦笑)、床の水のかき出し・洗浄くらいで済みました。
――ではでは、せっかくなので北村さん個人のことも少し教えてください。若くして蒸留責任者を任されていますが、そもそもお酒の製造に興味を持ったのは?
北村さん:大学時代ですね。高校時代に生物が得意科目だったので、素直に地元でバイオサイエンスを学べるところに行ったのですが、入った研究室で微生物、酵母の働きに触れ、魅了されたんです。こちらの目には見えないほど小さいのに、大きく世界を動かしている、というところにすごくロマンを感じて。発酵の過程で液体がポコポコしている様は、時間が許せば永遠に見ていたいです(笑)。
――(笑)。お酒は強いんですか?
北村さん:いえ、実はまったく。コップ1杯のビールで十分気持ち良くなれます(苦笑)。
――なるほど(笑)。それから、ウイスキーの製造に携わるまでは?
北村さん:大学院を経て、三重県の酒蔵に一期お世話になりました。それから地元・滋賀県内でビールの醸造やウイスキーの蒸留を手掛けているクラフト系のメーカーに3年ほど技師として務めました。こちらに来たのは、まったくの異業種から新事業に取り組んでいく弊社社長・松本の姿勢に共鳴し、自分もこれまでの知識や経験を活かしてゼロから新しいことに挑戦できる環境があったからです。今はとてもやりがいを感じています。ここで初めてつくったウイスキーが蒸留器から生まれ出て来た瞬間は、本当に感動しました。
――最後に、今後の展望を教えてください。
北村さん:最初はバーボンのレシピをベースに、北海道産のデントコーンを主原料としたウイスキーをつくっていきます。これを皮切りに、先述の独自設備を活かして、様々なウイスキーづくりにチャレンジしていきたいですね。そしてゆくゆくは、原料から100%国産の「リアルジャパニーズウイスキー」をつくっていけたらと思っています。また、樽の貯蔵庫を観光資源として活用したりや、原料の調達や残さの肥料提供といった地元農業との連携など、地域貢献にも取り組んでいきたいと考えています。
――本日はありがとうございました。商品化を心待ちにしてます!