自転車旅からはじまった一棟貸し宿
「NEMARU ほんとぐらし」
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2026.04.26
長岡市旧与板町にある一軒貸しの宿「NEMARU ほんとぐらし」。オーナーの三浦さんは、WEBデザインやアプリ開発も手がける元プログラマーで、その技術をすべて「NEMARU」に注ぎ込むほどの情熱の持ち主です。宿泊施設を運営するきっかけは、半年かけて巡った日本一周自転車旅にありました。旅の思い出や「NEMARU」がオープンするまでのことなど、いろいろとお話を聞いてきました。
三浦 大輔
Daisuke Miura(NEMARU ほんとぐらし)
1986年長岡市生まれ。コンピューター系の専門学校を卒業後、IT企業に就職。3年間勤めた後に自転車で日本一周を達成。その後、WEBデザインの仕事に就くものの会社が解散してしまう。次の仕事を決めるまで岡山県のゲストハウスや長岡の喫茶店などで働く。2017年にゲストハウス「ねまる」オープン。2020年に一軒貸し宿にリニューアル。2023年「NEMARU ほんとぐらし」に名称を変更。
すべてのはじまり、
日本一周自転車の旅。
――三浦さんが「NEMARU」をはじめたきっかけは、自転車旅行だとお聞きしました。どうして旅に出ようと?
三浦さん:学生時代、最後の夏休みに自転車で北海道を2週間ほど旅したんです。どうしたら安く旅行できるだろう、と考えて思いついたのが自転車旅で。就職してからは普通に働いていたんですけども、2年目のゴールデンウィークに自転車で東京まで行ってみたら、まぁ楽しくて(笑)。仕事中も「次はどこへ行こうかな」と考えるようになって、日本をすべて巡らないと気が済まない状態でした。そこから1年間お金を貯めて、自転車で日本一周をしたんです。
――どれくらいの期間をかけて走破したんですか?
三浦さん:6月から12月までの半年間です。だいたいひとつの県を2日、3日かけて走って、47都道府県をすべて回りました。北海道は1ヶ月かかりましたよ。着いたのは10月に入ってからで、夜は氷点下になることもあって。数日間一睡もできず、心身ともに限界でした。
――そんなに過酷だったとは……。いったいどんな装備で生活していたんですか?
三浦さん:荷物はひとり用のテントに寝袋、あとはお湯を沸かすようなちょっとした調理道具とか。基本的にはテント生活で寒いときはネットカフェやライダーハウス、ゲストハウスを利用していました。
――肝心な自転車はやっぱりハイスペックなもの?
三浦さん:普通のクロスバイクです。ママチャリよりもギアの数は多いけど、タイヤの太さは同じくらい。
――ということはですよ、旅立つ前に体力的な準備をそうとうしていたんじゃないかと思うんですが。
三浦さん:普段使いのクロスバイクで新潟市から五泉市あたりまで往復したりということはありましたけど、そこまで入念に鍛えていたわけではなかったです。なので最初の1ヶ月は、ほんとうにキツかったです(苦笑)
――お話を聞くだけでも、よくぞ途中で帰ってこなかったなと感心しています。
三浦さん:毎日走れるところまで走って、眠れるときに眠る。走っている間は正直まったく楽しくないし、かなり暇です(笑)。でも慣れてくるとそれも気にならなくなってきて。唯一の目標は、47都道府県の県庁を写真に収めることでした。チェックポイントのような感覚で、小さな達成感を積み重ねていたんです。
――いちばんしんどかったのは?
三浦さん:山梨の富士五湖のあたりから峠を越えて長野へ入り、そこから関東へ行ったんですけど、長野を走っている間は苦しかったですね。新潟ナンバー、長岡ナンバーの車がちらほらと現れるので、新潟に近づいている実感があるんだけどまだまだ帰れないという……。気持ちが折れかけました。
――そこまで追い込まれながら、よく達成されました。
三浦さん:この目で全国を見ることができて、やっぱり楽しかったのかな。日本は想像以上に広い、そしていろいろな人がいるな、ってすごく感じました。方々でたくさんの知り合いができたことが、今につながっていると思っています。

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旅の出会いで見つけた、
自分がほんとうにやりたいこと。
――日本一周を終えてからのことも知りたいです。
三浦さん:仕事は辞めてしまったわけですけど、日常を取り戻したいというか、また元の生活に戻りたいと思っていました。それで今度はWEBデザインの勉強をして、その道に転職したんです。でもしばらくして会社が解散してしまって。それからは個人で仕事をしていた時期もありました。
――そこから、どうしてゲストハウスをはじめようと思ったんですか?
三浦さん:青森へドライブに出かけたとき、イカ焼き屋のおばちゃんに「ほんとうに自分がやりたいことを探しなさい」と言われてしみじみ考えてみたんです。そこで浮かんだのは、沖縄、京都、北海道などのゲストハウスで過ごした思い出でした。自転車旅行中ずっと辛かったけど、ゲストハウスにいる時間は楽しかったな、って。
――英気を養うことができたんですかね?
三浦さん:それもありますし、やっぱり人と話すのが楽しかったですね。自転車で走っている間は、いっさい会話の機会がないもので。ゲストハウスには、個人で働いている人や定職に就いていない人など、会社員時代には出会えなかった人たちが集まってきます。「こういう世界があるんだな」と刺激を受けることが多かったんですね。「もっと自由でいい」「もっと視野を広げよう」と思うようになりました。
――ゲストハウスのオープンに向けて、まず何をしたんでしょう?
三浦さん:「ひとまずゲストハウスでバイトでもしてみよう」と各地を転々として、最後は岡山にたどり着きました。ちょうど2号店がオープンする頃で、集まった旅人と一緒に建物を改装したり、立ち上げ準備に関わったりして、しばらくそこで働かせてもらいました。岡山のゲストハウスは昼間はカフェ営業をしていたので、長岡に戻ってからは喫茶店でバイトもして。そんなふうに過ごしていた頃に、今「NEMARU」となっている物件の大家さんを紹介してもらったんです。
――それはいつ頃のお話ですか?
三浦さん:2016年の春です。空き家になってしばらく経っていたのでボロボロでしたけど自分で直せばいいや、とまったく気になりませんでした。実際にゲストハウスとしてオープンしたのは、その1年後の2017年です。

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まちの玄関口を目指して、
ゲストハウスから一軒貸しへ。
――いよいよゲストハウスとなる物件と巡り合った三浦さん。どんなゲストハウスを目指したんでしょう?
三浦さん:「まちの玄関口」となるゲストハウスにしたい、と思っています。「NEMARU」を拠点に県内のいろいろな場所を巡ってほしいですね。
――現在は「一棟貸し宿」ということですが。
三浦さん:コロナ禍に利用者さんがひとりもいなくなってしまって。困っていたときに、経営支援所に相談したところ「一棟貸しという方法もありますよ」とアドバイスされたんです。「一棟貸し」にするにはそれなりに設備を整えなければならず、間取りを変えるなどいろいろと手を加えました。
――思い入れのあるゲストハウスではなくなってしまう寂しさはありませんでした?
三浦さん:それはありましたね。でもそこは「しょうがねぇか」と割り切りました。続けるつもりであれば、気持ちの切り替えが必要だと思っていたので。
――一棟貸しになって、ご家族での利用が増えたのでは?
三浦さん:今はほとんどご家族のご予約です。毎年決まった時期に利用してくれるご家族もいらっしゃいます。ビジネスホテルと違って、みんなで同じ部屋で過ごすことができるし、キッチンも自由に使えて、食事も自分たちのペースで楽しめるのでのびのびできるんだと思います。
――あとは「いと本」さんの本があるところもポイントですよね。
三浦さん:本のセレクトは「いと本」にお任せしていて、「NEMARU」としては「本を読みたくなる場所」をいくつも用意しています。幅広いジャンルがそろっているので、きっとどなたでも気に入る一冊が見つかるはずです。読みたい本を好きな場所で読む、贅沢な時間を楽しんでもらえたらよいですね。

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このまちの「玄関口」として、
オリジナルの旅プランを提案。
――ゲストハウスから一棟貸しの宿になり、三浦さんの気持ちの変化もありましたか?
三浦さん:ゲストハウスだった頃は、私もここのひと部屋で暮らしていたので、生活の延長でゲストを迎える感じでした。今はお客さま同士の絆を深めていただきたい、よい思い出を作ってもらいたい、という気持ちでいます。格好も半袖短パンから、帽子に襟付きシャツへと変わりました(笑)
――「まちの玄関口」としての役割ができていると感じるのは、どんなときでしょう?
三浦さん:リピーターさんや連泊してくださる方、予定では1泊なのに「それではもったいない」と延泊してくださる方の存在は大きいです。「NEMARU」の魅力が伝わったんだろうなと思えて、とても嬉しいです。お客さまが最後に笑顔で手を振って帰っていかれると、「やっていてよかったな」と思えるんですよ。その瞬間のために続けているのかもしれないです。
――三浦さんのスキルを生かして、「NEMARU」オリジナルの観光案内サイトを開発したそうですね。
三浦さん:まずは新潟に来てもらう仕組みがあるといいだろう、と考えていまして。旅行の日程や何を目的とした旅なのかを入力して、旅のプランを何パターンか提示します。より一層新潟のことを知ってもらうためにはこういうサービスがあるといいのかな、と最近思うんですよね。

NEMARU ほんとぐらし
長岡市与板町与板
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