お米に続いて、苺が主軸に。
阿賀野市「夢ファームくまい」

食べる

2026.03.20

text by Etsuko Saito

阿賀野市でお米と越後姫を生産する「夢ファームくまい」。代表の遠藤さんは、ブランド米「雪ほたか」の生産地としても知られる群馬県川場村で農業を学び、地元に戻って家業を継ぎました。最近では阿賀野市発の新しいブランド米作りをはじめるなど、さまざまな取り組みを続けています。農業の魅力と難しさ、さらに「令和の米騒動」についてもお話を聞いてきました。

Interview

遠藤 将人

Shoto Endo(夢ファームくまい)

1991年阿賀野市生まれ。新発田農業高校を卒業後、群馬県川場村で2年間農業を学び、その後家業である「夢ファームくまい」に入る。2020年に代表就任。おじいちゃんが現役だった頃は、3世代で農業をしていた。子どもたちを連れての家族旅行を楽しみに、仕事を頑張っている。

米農家にふたつ目の軸を。
群馬で学んだ、柔軟さ。

――遠藤さんは高校を卒業してから、群馬の川場村で農業を学ばれたそうですね。

遠藤さん:我が家は代々続く米農家なんですが、私が就農する前からお米の価格はかなり安く、気候に左右される仕事でもあるので、「もうひとつ柱になるものを」と考えていたんですね。そこで、園芸も盛んな川場村で勉強をさせてもらおうと思ったんです。その頃の川場村は、ブランド米「雪ほたか」が全国的なコンクールで入賞を続けていて、とても注目されていました。その点も勉強になることがあるのでは、と思いまして。

 

――その川場村で、苺の生産にも取り組まれるようになったんですか?

遠藤さん:いいえ、川場村でお世話になった農家さんは、主に大玉トマトとこんにゃくを生産されていたので、苺を教わったことはないんです。でも新潟に戻ってきたとき、ちょうど阿賀野市全体で越後姫の栽培をはじめようとしていたんですよ。行政のあと押しもあるし、市内でも数軒の農家さんが苺の栽培をはじめた、と聞いて「これは面白そうだ」と思いました。

 

――群馬と新潟の農業に、何か違いは感じましたか?

遠藤さん:川場村の農家さんは、稲作も園芸もします。いろいろ栽培するから視野が広いし、柔軟です。一方こちらは稲作一本で、「この作り方が正解なんだ」と凝り固まった考えになってしまいがち。そういう違いに気づけたのは、外で勉強してきたからかもしれないな、と思います。それに川場村の農家さんは、みんなで協力して農業を行っているんですよ。数々の賞を受賞した「雪ほたか」も、村全体で作り上げたブランド米です。

 

――てっきり天候面の違いの話になると思ったら、意外なお答えでした。

遠藤さん:「地域全体で力を合わせる」という発想は、私にはすごく新鮮で心強かったです。実は去年から、川場村で学んだことを参考に、地元の農家さんたちと一緒に、阿賀野市のブランド米を作る取り組みをはじめたんです。川場村で学んだことを参考に、何かできないかな、とずっと考えていて。実家に戻ってきてからは、苺の栽培に集中していたんですけど、去年から本格的に稲作の方も自分が管理することになったんです。それだったら、ただお米を作るだけじゃなくて、群馬で学んだことを生かしたいと思ったんですよ。

 

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30年で30回。
だから今、米づくりに挑戦する。

――そう思うきっかけとなったこと、もう少し詳しく教えてください。

遠藤さん:私が就農したとき、親とは経営を区別して、まったく新しい部門として、苺、それから手が空いたときに野菜を作ることにしたんです。補助金の都合もあって、そうするのがちょうどよかったんですね。なので父親とは別々に確定申告をしていたんですが、数年前からひとつの事業体にしたんです。我が家は専業農家なので、すべての生活を農業の収益で賄っています。事業を引き継いでからは、当然ながら私の家族の分と実家の分、両方をひとりで管理しなくてはならなくなり、今まで以上の責任を感じました。それもあって、もっと自分たちで生産したお米を売りたい、という気持ちが湧いてきたんです。川場村での取り組みが、阿賀野市でもできたらきっと面白いだろうな、と。

 

――経験も体力も十分にある、今の遠藤さんにぴったりな挑戦ですね。

遠藤さん:まだいろいろなことをはじめられる年齢ではあるんですけど、これからあと30年農業をするとして、稲作ができるのは30回だけ。そう考えると、かなり時間は限られます。今のうちから、やりたいことはどんどん前に進めていかなくちゃいけません。

 

――そうか、お米作りは1年に1回しかできないですもんね。

遠藤さん:お米のコンクールにも、1年に1度しかチャレンジできないわけです。どれだけ濃い1年間を過ごすことができるかが、大事になると思っています。

 

――苺の生産だけに夢中だった頃とは、また違う充実感がありそうですね。

遠藤さん:はい(笑)。ブランディングとか、今までとは違う勉強をすることが今は楽しくて。群馬でお世話になった皆さんがきっかけとなって、最近はコンクール受賞歴のある南魚沼市の農家さんとのつながりもできました。今は人脈を広げている最中です。近い将来、この取り組みをなんとか結果に結びつけたいですね。

 

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子どもに愛される、
甘さが秘密の越後姫。

――遠藤さんが苺の栽培をはじめた頃のことも教えてください。きっと今ほど、栽培技術が確立していなかったと思うんです。

遠藤さん:二酸化炭素の力を利用して作物の成長を促す方法があるんですけど、当時はその取り組みが始まったばかりで、「本当に効果があるのか」と検証しているような段階でしたね。今ではほとんどの農家さんが当たり前に取り入れている技術でも、当時はまったく浸透していませんでした。

 

――それでも苺栽培は順調だったんですか?

遠藤さん:研修会や情報交換の機会がたくさんあったので、比較的順調だったと思っています。県や市のバックアップもありましたし。私の中では計画通り、「くまい」の2本目の柱になった、と思っています。

 

――「くまい」さんの苺には、どんな特徴がありますか?

遠藤さん:子どもに喜んでもらえる苺を目指しています。なるべく甘い苺が作れるように、肥料や水量を工夫しています。

 

――それには何か理由があるんでしょうか?

遠藤さん:以前、直売所に幼稚園の先生が来てくだって。「園児にも苺を食べさせたいです」と、次は一緒に遊びにきてくれました。子どもたちが苺を喜んで食べている姿を見て、甘くて美味しい苺を作ろうと決めたんです。

 

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令和の米騒動、
農家が感じた「価格」の意味。

――この数年、世間を賑わせているお米の高騰についてもお聞きしたいんですが、「くまい」さんは令和の米騒動で大変な思いをされましたか?

遠藤さん:うちで生産したお米もすぐに売れてしまいました。自分たちで食べる分があるかどうか、というくらいだったので大変ではありましたけど、農家としては米の価格を見直す良いきっかけになったと思っています。今までは物価や経費はどんどん上がっているのに、お米の値段は下がる一方でしたから。

 

――光熱費も食品もなんでも値上がりしています。

遠藤さん:正直、お米を作り続けていくのが難しいくらいの状況に陥っていました。でも令和の米騒動でお米の値段がグンと上がって、社会的にも、農家が生産を続けられるように、継続的に利益が出せるようにしようよ、という風潮になったので、すごくありがたかったです。この20~30年間、お米の価格は安すぎました。これでどうにか米農家が続けられる価格になったのでは、と感じています。

 

――今日はいろいろと聞きたいことを教えてもらえる機会になりました。どうもありがとうございました。最後に、遠藤さんが思う農業の魅力を教えてください。

遠藤さん:いちばんやりがいに感じているのは、一から十まで自分でやらなくちゃいけないこと。それこそ生産から販売まで「すべて自己責任」。なので他人が原因のストレスが少ないんですよ。たとえば、誰かが売ってくれない、とか。大変だけど、面白いですよ。

 

――最後と言いつつ、もうひとつ聞かせてください。天候など、どうにもならないことに対する気持ちの切り替えは、どうしていますか?

遠藤さん:それはもう、やるしかないのでね。弱音を言っている暇はない、っていう気持ちですかね(笑)。逆に、ひと工夫でどうにかできたときの喜びはめちゃくちゃ大きいですよ。できればプレッシャーや不安をなんとかポジティブなパワーに変えて、楽しみながら農業をしていきたいですね。

 

夢ファームくまい

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