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マスターは70代のバックパッカー? 本格インドカレーが味わえる「夭夭亭」。

路地裏に佇む隠れ家的居酒屋。城下町で味わう無国籍料理。

村上市街の路地裏に一軒、周囲の城下町らしい風情とは気色の異なる雰囲気を湛えた居酒屋さんがあります。蔦に囲われたレトロな外観をオレンジ色の看板が妖しく照らすそのお店は、その名も「夭夭亭」(ようようてい)。割烹や小料理屋など和食店の多い同地にあって、40年以上前から本場インド仕込みの本格カレーを中心に、無国籍料理を提供し続けています。同店の店主で、バックパッカーでもありインド渡航経験も豊富な高木伸二さんにお話を伺いました。

 

夭夭亭

高木 伸二 Shinji Takagi

1947年島根県浜田市生まれ。地元の高校を卒業後、大阪のデザイン専門学校を経て東京、横浜、箱根、神戸などで様々な職に就く。箱根のホテル勤務時代に出会った妻の出身地・村上に腰を落ち着け、1978年に夭夭亭を開店。40歳を過ぎてからバックパッカーに目覚め、インドを中心に南アジアを10回以上歴訪。娘3人はみな巣立ち、7人いる孫の話になると相好を崩すおじいちゃんでもある。

 

メニュー表なし。予算や要望に応じて「おまかせ」料理を提供。

――本日はよろしくお願いします。さっそくですが、メニュー表がないんですね。

高木さん:昔はあったんだけどね(笑)。料理はカレーを中心に、南米料理からパスタまで、予算や要望に応じて基本「おまかせ」で提供しています。前日までに電話で相談してもらえれば確実だね。小料理付きでチャージは500円、飲み物はひと通りのお酒が揃っていて700円から。バーテンダーの経験もあるのでカクテルも作れます。入りづらい店構えかもしれないけど、決して高い店ではありませんよ。初めての方も大歓迎です。

 

 

――カレーは本格派ですね。本場仕込みなんですか?

高木さん:というほどでもないけど、インドを旅しているときにいろいろ勉強させてもらったことがいかされているかもしれないね。宿泊先のホテルのオーナーと仲良くなって、私が飲食店をやっているというと、彼が「せっかくだからインド料理を勉強していけ」ってレストランの厨房に入れてくれて、そこのコックに教わったりとか。そこではスパイスをまず最初に炒めて、まず香りをグワッと出してから作るというやり方を学んだよ。それ以外にも、立ち寄ったレストランで作り方を見せてもらったりとか。向こうの人はけっこう気さくに教えてくれます。

 

――インドにはかなり行かれているんですか?

高木さん:初めて行ったのが1991年かな。お店の改装で1カ月くらい休業することになったので、ならばせっかくなのでずっと憧れていたインドへ行っちゃおう、と。私自身はヒッピーではなかったけど、1960年代に青春を過ごした者にとって、インドに対する憧憬はみな心の奥底に刷り込まれているのよ。それが40過ぎて顕在化してきちゃって、いい歳してバックパッカーデビューして(笑)。…ここだけの話、もう時効だから言うけど、当時はバブルだからさ、銀行はどんどんお金を借すわけ。だから試しに改装費用にこっそり旅行費用も上乗せして申請してみたら、通っちゃってね。いい時代だったな(笑)

 

――すごい(笑)

高木さん:まぁおかげさまでお店も繁盛していたし、返せるアテはあったからね。また帰国後、このへんではインドへ行くような人は珍しかったから、講演や原稿を頼まれたり。で、それがまたけっこうな収入になったりね(笑)

 

インド渡航10回以上。危機的エピソードも酒の肴に。

――インドにはこれまで何回くらい行っているんですか?

高木さん:もう10回以上になるかな。1度行くと、30~40日は周辺の国を含め放浪しますね。最後に行ったのは5~6年前だったかな。初めて行ったときはご多分に漏れずお腹を壊して、帰りの便が決まっていたので最後の一週間は一刻も早く帰りたくて地獄だったけど、いざ帰ってきて成田の妙に小奇麗な空港に降り立った途端「よし、また行くぞ」って気持ちがなぜか沸き起こってきてね(笑)。それからというもの、まとまった時間が確保できると行くようになりましたね。

 

――何か面白いエピソードはありますか?

高木さん:もう数限りなくあるけど・・・例えばそうだな、何度目かの渡航だった90年代末、インドからパキスタンに入る前、イミグレーションのある地域で最後に酒を飲もうと思ってレストランに入ったんだよね。パキスタンに入ると、イスラム教だからごく一部でしか酒が飲めなくなるからさ。で、注文して飲んでいると、その店にいた別の客の男が話しかけてきたの。「これからパキスタンに行くんだろ、ウイスキーでも買っていかないか」って。「いや持ち込めないだろ」と返すと、彼は「隠していけば大丈夫。みんなそうしてる。持っていかないとしばらく酒が飲めないぞ」。それもそうだなと思い、値段も適正だったので、その男から1ビン購入して、寝袋の内側に巻いて隠したわけ。それでイミグレへ行き、窓口ですっとぼけて入国検査を受けていると、急に係員に「こっちへ来い」って取調べ室みたいな部屋に連れて行かれたの。

 

――…ヤバいですね。

高木さん:マズいことになったな、というのはできるだけ顔に出さないようにして、さりげなく荷物を置くと、いきなりビンをくるんだ私の寝袋をむんずと掴んで「これは何だ?」と。後で振り返ると、最初から私に目を付けていて、酒の隠し所も予め分かっていたような感じで。それでこんこんと説教を受けた後、係員が呼んできた別の男に「これは幾らで買った?」と訊かれたので正直に値段を答えると、「じゃあその額を払うから、酒は没収する」ってことになって。実際にお金もくれて、それから何の咎めもなくすんなりと入国もできて、すべて合点がいった。私はお酒の運び屋をやらされたんだ、ってね(笑)。つまり、レストランで私にウイスキーを売った男とイミグレの男たちは内通していて、建前上お酒を入れられないパキスタンに旅行者の不始末という名目でお酒を密輸入したわけ。私は上手いこと利用されたんです。

 

――なるほど。後から聞く分には面白いですけど、実際は心臓バクバクでしょうね。

高木さん:他にもニセ警官に金を巻き上げられて正義感の強い若者に取り返してもらった話とか、挙げればキリがないね。もっと聞きたい方は、ぜひお店に足を運んでもらえれば(笑)。

 

様々な土地・職を経て村上に開業。これからもマイペースで。

――そもそも、島根県出身のご主人が新潟の村上でお店を開くことになったのは?

高木さん:箱根のホテルで経理をしていたときに出会って結婚した妻の出身地が旧神林村なんでね。妻が体調を崩して帰郷する際、私もいっしょに来たんです。それでこの地域で職を探していたら、義父が村上市街の料亭に併設されたカウンターバーの仕事をあっせんしてくれて。そこでしばらく働いているうちに、妻も元気になり、娘も産まれ、いつの間にか家も建てて、独立して自分の店を持って…って、結果的に定住することになったんですね。気が付けば、もう40年以上になるな。村上に来るまでは、いろんなところでいろんな職をやっていたのだけど、村上に腰を落ち着けたら、今度はインドを放浪するようになっちゃった(笑)。不思議だね。

 

――なるほど。お店はお一人で切り盛りしているんですか?

高木さん:それこそバブルの頃は毎晩のように満席で、最大4人でやっていたこともあったけど、今は私ひとりで十分だね。今、人口減少で地方の小さな飲食店はただでさえタイヘンな時代なのに、最近も新型コロナウィルス感染拡大による自粛ムードでさぁ…。まぁウチは、少ない年金の足しにでもなれば万々歳だから(苦笑)、今後もマイペースで続けていければいいと思っていますよ。常連さんに支えられています。もちろん、一見さんも大歓迎! ぜひ話をしに来てもらえれば。他にお客が誰もいないときに来れたらラッキーかもしれませんよ(笑)。

 

――じゃあ今回はラッキーでしたね(笑)。本日はありがとうございました。

 

 

 

欧風居酒屋 夭夭亭

〒958-0845 新潟県村上市細工町1-16

TEL0254-53-4466(080-6526-4466)

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